この本読んどく?

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カテゴリ: 国内小説

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辞書を引くと「クリーピー」とは「身の毛がよだつような、気味の悪い」という意味だと教えてくれる。

本書もそのタイトル通り、どうも気味の悪い内容となっている。サスペンスホラーよりの本書を今日は見てみようと思う。

目次

  1. 作者の前川裕ってどんな人?
  2. クリーピーを読む
  3. 生きているのか死んでいるのか
  4. オススメ度

作者の前川裕ってどんな人?

作者の前川氏は法政大学国際文化学部の教授である。専門は比較文学・アメリカ文学だそうだ。
故に本書が最初の出版というわけではなく、英語関連の本(英会話・入試英語等)が前から出版されている。

小説に関しても「クリーピー」より前に「人生の不運」(現在は「深く、濃い闇の中に沈んでいる」と改題し、文芸社文庫から刊行されている)が出ているが、こちらはおそらく自費出版であったろうと思われるので、「クリーピー」が商業作家デビュー作ということになる。

そんな前川氏であるが、2011年に第15回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞、翌2012年に本格的に作家デビューを果す。やはり教授という仕事柄、文章を書き慣れているだけありデビュー作ながらとても読みやすい(ただし「~た。」が多いが)

クリーピーを読む

ミステリーの中でも「サスペンスホラー」よりと思われる本書。
だが、純粋な意味での「ホラー」とはまた違った怖さが潜んでいる。

本作の主人公は「高倉」。職業は大学教授である(小説内における昨今の大学教授は現実以上に大忙しである)。これは前川氏自身の投影であろう。

前川氏自身も教授ということで、ゼミや講義などで多くの学生たちと接してきたのだろう。学生の服装や話し方、ゼミの後の飲み会など、自身の経験を上手く使い小説内のリアルさを増している。

さらに穿った見方をすれば「ああ、この人(教授や講師の方々など)は普段こんなふうに学生を見ているんだな」という読み方も出来なくもない。前川氏自身の経験談なのではないか? と勘繰ることもでき、話の大筋とは全く関係ないがそんな楽しみ方もできるのも嬉しい。

さて物語は犯罪心理学者である高倉のもとに事件分析の依頼が届くことから始まる。その依頼以降、高倉の周囲で事件が頻繁に発生するようになってしまう。そして自身も事件に巻き込まれていく。

この犯罪心理学者の元に事件の分析が届き、そこから様々なことが発生するという流れだが、主人公の職業と結びついている(ように感じる)ので、物語の中に入っていきやすい。
この小説で最も重要なのがこれで、この話が現実でもあり得そうと思わせることなのだ。これがなくなると本書の面白さは半減どころか、成立も難しくなってくる。サスペンスとホラーの醍醐味が失われかねないからだ。だからこそ主人公の職業も前川氏自身が一番よく知っている職業にし、リアルさを出すために随所で工夫をしている。

だが、「クリーピー」はただ怖いだけでなく、アッと驚く展開も待っているので読み応えのある小説となっている。

そしてこの小説は現在社会へ問題を投げかけているようにも感じられるのだ。
たとえば、この小説の一番の肝、怖さの元は「隣人は誰なのか?」ということになるだろう。その疑問が不安に、そして確信へと変化していく展開が面白く先が読みたくなるのだが、これは現在だからこそ起こる不安ではないだろうか?
一昔前は近隣と付き合いが無い方が異常で、そんな状態を村八分と言ったりしていたはずだ。
だが村八分の状態でも火事や葬儀の場合は協力があったので、もしかしたら現在のほうがもっと稀薄かもしれない。だからこそ、近隣で事件が起こった時に疑心暗鬼に囚われる。
「隣に住んでいる人は善人だろうか?悪人だろうか? 生きているのか?死んでいるのか? まったくわからない」という状態が発生するのは現在だけだろう。

隣近所の付き合いが親密であれば、例えば、自分が仕事に行く間子どもを見てもらうということも可能であった(何かされるのではないか?という考えは無いというよりも恐らくタブー)
しかし現在はたとえ親密であったとしても自分の子を預けるということはしないだろう。相手を信用できないからだ。(ではなぜ他人であっても保育園や幼稚園には安心して預けれらるという考えが揺らがないのかは疑問だが。ただし最近ではそれすらも安心できない事件が起きている)

そんな問題点を含んでいるのがこの「クリーピー」だ。現代生活の不安や疑問を上手く昇華させている。

生きているのか死んでいるのか

若干のネタバレになるので未読の方はスルーしていただきたい。
本書では結局「矢島」は死んでおり、そのことを知っているのは限られた数人だけであり、「矢島」は現在も逃走中となっている。

だが果してそうだろうか?
高倉はあくまでも園子が「矢島だ」と言った死体を見ただけである。この死体が矢島でない可能性は大いにあり得る。さらに園子も矢島を庇う理由があるのだ。
もう一つ疑問点がある。いくら閉め切った部屋とはいえすべてのものの侵入を防ぐことはおよそ不可能に近い。そう。虫だ。そんな状況下で十年も死体があることを隠し通せるだろうか。それに十年ものの死体に皮膚が付いているものなのだろうか。ミイラ化したとしたら都合がよすぎるではないか。

流れ的にはやはり、死体は替え玉、本人は生きていて逃走中という方がしっくりくる気がするのだ。

オススメ度

オススメ度★★★☆☆
面白さ★★★☆☆
本書は去年西島秀俊主演で映画化されている。キャストも豪華で、特に香川照之の好演が見どころだ。
クリーピー (光文社文庫)

前川 裕 光文社 2014-03-12
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変わったタイトルは一度聞くと中々頭から出ていかないものだ。

「鴨川ホルモー」もそうだろう。

鴨川はわかるとしても、「ホルモー」って何なんだ? 
変わったタイトルには、どこか人を惹きつける魅力もある。そんな「鴨川ホルモー」を今日は見てみようと思う。

目次

  1. 万城目学ってどんな人?
  2. 「鴨川ホルモー」を読む
  3. 誰が芦屋を裏切ったか?
  4. オススメ度

万城目学ってどんな人?

作者の万城目学氏は第四回ボイルドエッグ新人賞を受賞し、2006年「鴨川ホルモー」でデビュー。
その作品の多くが関西圏を舞台にしており、そんな繋がりからか森見登美彦氏とも交友がある。「おともだちパンチ事件」の被害者側である。
代表作に「鹿男あをによし」「プリンセス・トヨトミ」など。

直木賞候補5回(鹿男・トヨトミ・マドレーヌ夫人・風太郎・悟浄出立)
山田風太郎賞候補2回(悟浄・バベル)

直木賞に関しては嫌がらせか!と突っ込みが入るぐらいノミネートされている。なかなか受賞にまで至らないが、今年こそはと毎年期待されている。

「鴨川ホルモー」を読む

「鴨川ホルモー」は万城目氏のデビュー作だ。
「本の雑誌」で2006年エンターテインメント1位になると、2007年には本屋大賞にもノミネートされた。2008年には漫画化、続く2009年には山田孝之主演で実写映画化もされた。

万城目氏が森見氏のとの対談で語っているように(ぐるぐる問答参照)「ホルモー」はあくまで大学生の青春ものである。物語は主人公安倍の一人称で語られ、個性的な登場人物とともに安倍の葛藤や苦悩を描き出す。そして読者は奇妙奇天烈な「万城目ワールド」へと誘われていく。

読み進めていく上で注目すべきは「ホルモー」という競技と登場人物の名前である。
架空の競技を書く際に一番作者が苦労するのはルール説明と競技の描写であろう。説明や描写が少なければ読者は思うようにイメージできず、書き込みすぎれば物語が停滞してしまう。
その点、「ホルモー」は「オニ」達を使役、つまり自分達が軍の指揮をとる立場となり、相手が使役するオニ達を殲滅したら勝ちと極めてシンプルな作りとなっており、余計なものがない分とてもわかりやすい。さらに合戦形式をとったことで、歴史好きや大河好きはもちろんのこと、日本史や世界史の教科書中の絵図も参考に出来るためイメージが容易になっている。

さらに「オニ」自身もコワモテの通常イメージする鬼とは(外面上は)ことなり若干可愛らしい姿になっており、愛着を持てるはずだ。

ただ競技がシンプルでインパクトに欠ける分それを補うものが必要となる。
それが「オニ語」だろう。まず「オニ語」の説明からして凄い。曰く「中年男性が洗面所で吐き気を催す際の声に似ている」というのだ。それを男女問わず町中で発しているところを想像してみて欲しい。
オニを操るには通常の言葉ではなく、「オニ語」でなければならない。あの不思議な言葉を自ら声に出して考えたのかと想像すると面白い。

さらに登場人物の名前だ。
登場人物にはそれぞれ元ネタとなる人物がおり、
・安倍=安倍晴明
・高村=小野篁などとそれぞれモチーフになった人物がいる(ちなみに小野篁も晴明に負けず劣らず不可思議な逸話も持つ人物である。六道珍皇寺の井戸や「子子子子子子子子子子子子」など非常に面白い)
なので安倍と芦屋が仲が悪いのは元ネタ的には当然なのであるし(一説では晴明は一度道満に殺されている)それが物語の中にも反映されている。

そういった点を踏まえて考えると様々なことが判明する。
例えばスガ氏が仲が悪かった相手などだ。スガ氏は自分にも仲の悪い相手がいたと発言しているが相手が誰なのかは言っていない。しかし、スガ氏の元ネタが「菅原道真」であることを考えると、反りが合わない相手はおそらく「藤原時〇さん」か「藤原〇平」にでもなるのかもしれない。

誰が芦屋を裏切ったか?

そして上のことを踏まえた上でもう一度登場人物を見てみよう。
安倍派は高村・楠木・三好兄弟の五人。
芦屋派は早良・松永・紀野・坂上の五人。
本文中では高村が「早良さんがいれた」と推察しているが、結局は誰が入れたかは判明していない。これが一人称のやっかいなところなので、安倍が知らない限り、読者も知らない。

だが考察するヒントは残されている。
登場人物の松永に注目したい。彼の元ネタは勿論「松永久秀」である。この松永久秀もなかなか面白い人物で(クリスマス停戦とか安土城の元ネタ説とか世界で初めて自爆した人とか……)あるが、彼の十八番はやはり「謀叛」であろう。しかし、この本の中では彼は一度も裏切りらしい裏切りをしていない。となると、最後の投票で裏切ったのは「松永」なのではないか?と考えられる。安倍派には三好兄弟(三人衆か四兄弟かこの際どちらでも良いが、少なくとも安倍派の方が時代的に近しい元ネタの人物が多い)もいるので、やや根拠が薄弱ではあるが可能性は高いと考える。

オススメ度

オススメ度★★★☆☆
面白さ★★☆☆☆
今作最大の謎はレナウン娘なんてどっから持ってきたのかということ。どこで「これや!」ってなったんだ。それが知りたい。
鴨川ホルモー

万城目 学 産業編集センター 2006-04
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その小説内に書かれていることほぼ全てが伏線であり、またメタ的要素を多分に含んでいる小説があっただろうか?

今日紹介する「首無の如き祟るもの」はそんな小説の一つだろう。これを読めばあなたもきっとミステリー、いや読書が好きになるはずだ。あなたをきっと驚きの連続へと導いてくれる。

目次

  1. 三津田信三とは?
  2. 流浪の怪奇小説家・刀城言耶
  3. 実際読んでみて~ネタバレ無し~
  4. 実際読んでみて~ネタバレ有り~
  5. オススメ度

三津田信三とは?

ミステリーランキングの常連と言っても過言ではない三津田氏。
代表作は「刀城言耶シリーズ」や「死相学探偵シリーズ」だろう。そんな三津田氏は出版社勤務を経て、2001年「ホラー作家の棲む家」で小説家デビュー(1994年に鮎川哲也が編集を務めた公募アンソロジー「本格推理3 迷宮の殺人者たち」に「霧の館 迷宮草子」が採用されている)

その後、ホラー小説やミステリー小説を精力的に発表を続け、2010年には「水魑の如き沈むもの」が第10回本格ミステリ大賞を受賞した。

刀城言耶シリーズは「幽女」以降出ていないのだが、今年こそはと期待している。

流浪の怪奇小説家・刀城言耶

そして「刀城言耶シリーズ」の多くで探偵役を務めるのが刀城言耶だ。
元華族の血筋である。ジーンズを愛用し、行く先々で奇異な目で見られている。そして何か面白そうな「怪異譚」が聞けそうとと分かると態度が豹変。場所相手を問わず、相手が話すまでしつこくまとわりつくスッポンのような人物だ。しかしながら最初から怪異を信じきっているわけではなく、合理的解釈が必要な場合はそのような判断を下す。

しかしどこか憎めない人物である。その点では「金田一」に近いものを感じる。そんな刀城言耶が事件を引き寄せるのか、それとも言耶が事件に引き寄せられるのか。出かける先々で事件に遭遇し、不本意ながらも探偵役を務めることとなる。

そして時系列だが、
「厭魅」→「凶鳥」→「首無(事件発生)」→「山魔」→「水魑」→「幽女」→(首無事件解決)となりそうである。番号順に読むと微妙につながらない時があるので、帯の順番で読むことをお勧めします。

ちなみにこの「刀城言耶シリーズ」はほとんどの作品が何かしらのミステリランキングに選出されている。

実際読んでみて~ネタバレ無し~

旧家・怪異伝承・首無し死体・どんでん返し等々ミステリ好きには堪らない要素満載である。
しかし、怪異現象や諸所の設定に現実味を持たせるためにやはり文章は多くなっており、600P越えとなっている。だがページ数を気にさせないほどの面白さがあるので、量はさほど気にはならない。

この要素(旧家の対立・双子など)だけ見ると、横溝の二番煎じか……と思われる方もいるかと思うがそうではない。横溝やカーの世界では装飾でしかなかった「ホラー」という要素をミステリーと対等の関係で融合できないだろうか? と思案した結果生まれたのが「刀城言耶シリーズ」なのだ。そして「首無」ではそれが結実したと言ってよいだろう。

だが本作はその中でも異質である。というのも「言耶」はほとんど登場しない。
この物語は斧高という少年の視点と、私こと高屋敷妙子の視点で語られている。言耶が登場するのはほんの数場面しかないのだ。

また、今作にもシリーズ恒例のどんでん返しの波状攻撃、さらに○○の分類(今回は顔の無い屍体の分類)もしっかり存在しています。

さらに今回も参考文献にちゃっかり架空の人物を混ぜたり(閇美山犹稔)、「書斎の屍体」(架空の雑誌)に実在人物を登場させたり(幾守寿多郎以外は全員実在の人物。タイトルは微妙に変更してある)遊び心満載である。

また三津田氏も「江川蘭子」が好きなのか、ちゃっかり登場している。

実際読んでみて~ネタバレ有り~

ではネタバレありで見てみよう。
未読の方はスルー推奨である。


①江川蘭子に関して
以前も書いたが序盤(~50Pぐらいか)に緻密な伏線を張り、かつ上手く回収できている作品は傑作になる可能性が高い。本書も例にもれず、わずか3P目で犯人に関わる重大な伏線(~その一部は)が張られている。また「はじめに」でも核心にせまる重要な伏線が多く張られているが、中でも「一連の事件の真犯人が私(=書き手)自身ではないか」という疑問に対しての否定が後々重要となってくる。さらにここでは蘭子の説明は「本格推理」作家となっている点も見逃せない。また細かいが、「江川蘭子」は世が世なら侯爵という部分。華族令を参考に見てみて欲しい。

②長寿郎と妃女子に関して
ここが本作の最大のポイントである。これが解ければ一気にほとんどの疑問が解決へと向かう。
まず注目すべきは出産の際のカネの行動と兵堂の表情だろう。出産は現在でもかわらず重要なものとして見られている。出生率が低かった過去では尚更、さらに跡継ぎが絡めば重要度は増すのは当然だろう。そこでカネは「禁厭・呪い」を施しているのだが、今の考えから行けばその呪いが意味するものは安産であろう。しかしながらここに淡首様という問題が絡むことでその禁厭は別な意味も併せ持つことになる。安産は当然として、いかにして神から逃げるかである。子供は「七つまでは神様の子」であると信じられてきた経緯がある。そんな事情からカネは強力な禁厭を施すことになった。そこを考えてみると、女の子が生まれた!と聞いた時の兵堂の表情にも納得が行くだろう。
また、死亡後の葬儀の仕方である。なんとなくだが、私は勝手に三津田氏は「葬儀」の方法や種類に強い興味を持っているのではないかと考えている。なので葬儀について考えると結構謎が解けるパターンも多いのだが、今回も葬儀が重要な伏線となっている。土葬が中心の村で(1967年時では火葬67%、土葬33%だったらしいので、この時代設定がそれよりも以前であれば土葬の割合も増えているであろうと考えられる。よってそこまで土葬は珍しいことではない)火葬をしたという点に着目してほしい。ミステリーで何かが燃えたらそれは「何かを隠そうとしている」と疑うべきである。

③刀城言耶について
この「首無」は「刀城言耶」シリーズのナンバリング作品ではあるが、言耶はほとんど登場しない。
第10章・旅の二人連れ以降、言耶は一切登場していない。ではこの時「本物の言耶」はどこにいたか。「首無」の事件の裏で、奥戸の「山魔」事件と関わり合い、そっちに行っていたのである。これは「水魑」内での会話で確認が取れる。また同時に「水魑」では、まだ「蘭子」が生きており、「血婚舎の花嫁」を連載し始めたことが語られている。
解決編で登場する言耶が本物ではないと考えることができる要素もある。
・「15歳は下に見られるでしょ」という発言
・未知の怪異譚を聞いても無反応
など細かいがしっかりと伏線が張ってある。

ではこの場面に登場する「言耶」は誰だったのだろうか。
様々な考察が可能だ。これは実際読んでみて自分なりの考えを導き出したほうが楽しいだろう。

オススメ度

オススメ度★★★★★
面白さ★★★★☆
鮮やかな伏線回収と緻密な設計で書かれた本書を一度読めば他のシリーズを読まずにはいられなくなるだろう。
首無の如き祟るもの (講談社文庫)

三津田 信三 講談社 2010-05-14
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数多くの小説が毎年出版される中、かつてここまで狂ってる小説があっただろうか?

2006年に出版されるやいなや様々な方面で物議を醸し出したこの「独白するユニバーサル横メルカトル」そんな本を今日は見ていこうと思う。


目次

  1. 怪人・平山夢明
  2. そして被害は拡大す
  3. C10H14N2(ニコチン)と少年――乞食と老婆
  4. Ωの聖餐
  5. 無垢の祈り
  6. オペラントの肖像
  7. 卵男
  8. すさまじき熱帯
  9. 独白するユニバーサル横メルカトル
  10. 怪物のような顔の女と溶けた時計のような頭の男
  11. オススメ度

怪人・平山夢明

作者・平山夢明とはどんな人物なのだろうか。
平山夢明氏は実話怪談や、超怖い話シリーズ、東京伝説シリーズなど多くのホラー・怪談物を手がける傍ら、多くの短編集も発表している人物だ。

2010年には「ダイナー」(カバーとても美味しそうな写真!)で吉川英治文学新人賞最終候補。第28回
日本冒険小説協会大賞、第13回大藪春彦賞を受賞した。

そして問題の本書「独白するユニバーサル横メルカトル」は2006年に誕生。後に多くの被害者(?)を出すことになる――。

そして被害は拡大す

手始めに光文社刊「異形コレクションシリーズ/魔地図」に寄稿した「独白するユニバーサル横メルカトル」で、2006年の日本推理作家協会賞短編部門賞を獲得。たしかにこれはまだ納得できる。本書の中でもまだまとも(?)なので、一般人にも引かれることはないだろう。さらに「これはミステリーです!」と言われると、なんだか納得してしまいそうな出来である(実際ミステリー)

しかしどこで手違いが起ったのか、同タイトルの短編集が2007年度版「このミステリーがすごい!」で国内部門1位を獲得。「このミス」といえば年末ミステリー大賞の大御所である。そこで1位を獲得すれば、当然大きな売り上げが見込める。

――そこで何が起ったか?
これは憶測だが、このミスや文春ミステリーの上位に入った本を何も考えずに(下見せずに)買う層が多くいたのでは、と考えられるのだ。ミステリー買ったつもりが何だかおかしなものが紛れている。つまり異物混入事件である。その結果、多くの被害者を生みだすことに成功したのだ。(私もそんな一人)

そう。この本にあるのは狂気である。あらん限りのエログロ・残酷描写・胸糞描写を詰め込んだスプラッター寄りのホラー小説だったのである。ミステリーの皮を被ったホラーなのだ。

そんなミステリー成分少なめの短編集の中身を見てみよう。

C10H14N2(ニコチン)と少年――乞食と老婆

たろうくんを主人公とする現代版童話、暗黒童話のような物語。学校でいじめにあうたろうは、逃避行動からか子供が近づいてはいけない湖へと向かう。そこで一人のホームレスと出会う――

「冒頭になんてもん持ってきやがる!」
これが私の率直な感想である。立ち読みしたらそっと棚に戻すであろうこと間違いなし!
文体はですます調で、おとぎ話らしい雰囲気は出ている。しかし登場人物はそろいもそろって腹立つようなのばかりである。食事中読むことはお勧めしない。

読み終わったらもう一度タイトルを声に出して読んでみよう。脱力必至である。

Ωの聖餐

「俺」はとある事情から「ある動物」の世話を命じられた。しかしそいつのエサは人間の死体だった――

一話目とは異なりとにかくグロい。そしてなんだか臭い。
カニバリズムどんとこい!という方にはオススメだ。しかし、ただのカニバではなく、そこは作家である。少し面白い趣向が凝らしてある。

ちなみにカニバと聞いてもピンとこないかもしれないが、日本でも割と最近まで人間の内臓や胎児の黒焼きが病気に効くという俗信が信じられていたりだとかで、そんな事件が起きている。

無垢の祈り

義理の父からは暴力を受け、頼みの母は宗教に染まる。そんな家で暮らす少女が救いを求めたのは連続殺人鬼だった――

これが一番きつい。精神にダイレクトアタック。
女児が義父から虐待され、それが原因でクラスでもいじめられる。そして殺人鬼に援けを求めるしかない状態になっていても誰も助けようとはしない。見てみぬふりという現在の社会を痛烈に諷刺しているように思われる。

結末はどちらともとれる。だが本書は「ホラー」であり、救いがないということが「祈り」のテーマである気がする。そして伏線を踏まえて「それ」が何であるか考えるとふみがどうなるかは自ずと判明するはずだ。

オペラントの肖像

「オペラント条件付け」が徹底された世界。この世界では芸術が人を堕落させる悪であるとして批判され、所持しているだけで死刑となる。そんな芸術を信仰する人々を取り締まる主人公はひょんなことからカノンという女性を救おうとするが――

ディストピア小説。砂漠で発見したオアシスのような安心感を我々読者に与えてくれる。
SFの王道ではあるが、短編ではやはり無理があったか。中・長編で読んでみたいと思うがどうだろう。

卵男

連続殺人鬼である私こと「卵男」。奇妙な岩牢に移送され死刑になる日を待っていたが、ある日205号と名乗る男が現われる。私は205号と次第に会話をするようになるが――

これもSF色が強い。作品の出来、面白さではこの短編中トップクラス……なのだが既視感が強い。どこかで見たような。嵐の前の静けさ。

すさまじき熱帯

俺は一攫千金のチャンスを求め、熱帯にやってきた。組を裏切った奴を殺したら一億。俺は聞いたこともない国へと出発する。

「これはひどい」
ついに暑さでやられたか!?とまず作者の頭の中を疑いたくなるような内容。
ぶっ飛びどころか崩壊している。見どころは現地の人々が話す言葉だ。
「垂乳根のお釜崩れる毛脛かもかな!」(201頁)
こんな言葉を考えていた時の精神状態が知りたい。それとも本当に意味のある言葉の当て字だろうか。

独白するユニバーサル横メルカトル

自我を持つ私こと「建設省国土地理院院長承認下、同院発行のユニバーサル横メルカトル図法による地形図延べ百九十七枚によって編纂された一介の市街地道路地図帖」が目撃したことと、その顛末を淡々と語る。自我を持つ地図帖が見ていたものとは――。

表題作。ホラー・ミステリーのバランスも良く一番まともな内容になっている。故に感想は少ない。
擬人化した地図たちの会話を楽しんでみるのはいかがだろうか?

怪物のような顔の女と溶けた時計のような頭の男

強迫性障害を持つMC。彼は拷問を生業としていた。しかしある日、拷問を受けても恐怖を示さない女性が送られてくる――

良くも悪くも無難な短編(ここまで読んだせいで麻痺している可能性もあり)
冒頭のピザ以外はまともな感じである。拷問の描写はあるにはあるが、非常にライトな出来となっている。

オススメ度

オススメ度★☆☆☆☆
面白さ★★★★☆
合計★五つ
自らすすんでこの小説を誰かに薦めるだろうか?
しかしながら今までにない境地の開拓や、既成概念の破壊には持って来いである。
独白するユニバーサル横メルカトル (光文社文庫)

平山 夢明 光文社 2009-01-08
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科学文明が進んだとはいえ、未だに解明できない謎・不思議な現象が多くある。

そんな現象に自分が遭遇したらどうだろう?
怖いと感じるだろうか? それとも何も気にせず普段通りに行動するだろうか?

では「自分は普段通りの行動をしているのに、自分の知らない内に怪奇現象に巻きこまれていた」としたらどうだろうか。

そして「残」った「穢」れとはいったいなんだろうか。そんなことに注目しつつ、今日は「残穢」を読もうと思う。

目次

  1. 小野不由実とはどんな小説家か?
  2. 「穢れ」とは一体何なのか?
  3. 「残穢」を読む
  4. オススメ度+映画感想

小野不由実とはどんな小説家か?

アニメ化もされた「悪霊シリーズ」や「十二国記」「屍鬼」でお馴染みの小野不由実。
講談社X文庫のコバルト系からミステリー・ホラーまで何でもこなす小説家だ。デビューこそ1988年と早かったが、出版がX文庫だったためか(男性で買う人はあまり見ない)世間一般に認知されるのには時間がかかったようだ。

しかし、1993年「東亰異聞日本ファンタジーノベル大賞の最終候補となり、新潮社から刊行される。そして1998年には「屍鬼」を発表。山本周五郎賞・日本推理作家協会賞の候補にもなり、ベストセラーを記録。ようやく世間に名が知られるようになる。

そして2010年、悪霊シリーズがメディアファクトリーより「ゴーストハント」として刊行されると、2012年には「十二国記」が新潮社に版元を変え刊行スタート。現在もシリーズ継続中(?)の「十二国記」は800万部のベストセラーとなった。

そして本書「残穢」が2013年に山本周五郎賞を受賞。体調がすぐれないらしいが(そのことは本書の中にも書かれている)様々なジャンルで活躍中である。

ちなみに小野氏も「京大推理小説研究会」出身である。同時期のメンバーは綾辻行人・法月綸太郎・我孫子武丸。なんという豪華な顔ぶれだろうか。綾辻氏とは学生結婚をしている。

「穢れ」とは一体何なのか?

では小説の中身に触れる前に、「穢れ」の概念について軽く見てみようと思う。というのもタイトルにもある通り、「穢れ」の概念が深くからんで来るからだ。

穢れにも様々な解釈が存在しており、人によって多少の差異があるようだが、大雑把に言ってしまえば「人に嫌な気持ちを抱かせるような理想的でない(不潔・不浄等)状態」だと説明することができるだろう。例えば死による穢れ(黒不浄)や、経血(赤不浄)出産(白不浄)などが挙げられている。

また民俗学では「ケガレ」を「ケ(日常)枯れ」とする考え方も広がっている。ハレ―ケ―ケガレという関係である。

なぜここまで「穢れ」を忌んできたのか。それは日本人が農耕民族であることに深く関係していると考える。山の雪解けを見て田植えの時期を決める方法などが良く知られているが、それより以前は「隣りの田んぼが植えはじめたからこっちも植えよう」という考え方だったようだ。つまり今我々が持っているであろう考え方「みんながやってるから私もやる」というのはここからきている。なので自分だけ違うことをしていると不安になるし、行列には取りあえず並んでしまうのである。皆がやっているから。さらに、その秩序を乱す者をとことん嫌う傾向が日本人にはあるように思える。

そこで「穢れ」に戻って考えてみよう。穢れの状態というのは個人だけではなくその共同体にも影響を及ぼすと考えられていた。ということは一人のせいで共同体(家族・村などの地域社会)が危険にさらされるわけでる。だとすると、この「穢れ」の状態をとことん忌むのは納得の行くところだろう。

しかしながらこの「穢れ」の最大の問題点は人から人へと移ると考えられていることである。
この考え方は現在にも深く根付いている。
例えば鬼ごっこだ。なぜ「オニ」ごっこなのか?という疑問はさておき、これも「オニ」に触れられることで自分がその役目を担う。自分にオニが移っているのだ。この遊びの中にも嫌なものが自分から他人へと移る穢れの過程というものが見てとれる。
さらには正月や年の瀬などでおなじみの「人形」これも自分自身の穢れを人形に移すことで自分の穢れを払っている。

ここまで読んでいただければうすうす感じているとは思うが、近年のイジメの問題、また無くならない差別の問題も結局は日本人の価値観、生活習慣にいつの間にか潜んでいる「穢れ」という考え方に繫がってくるのではないだろうか。この穢れから逃れる方法を見つけることが日本の本当の意味での近代化につながるのではなかろうか。

「残穢」を読む

さて前置きが長くなってしまったが、実際に読んでみよう。
作家である「私」は心霊現象には否定的であるが、過去にホラーもの(悪霊シリーズ)を書いていた縁で今も読者から体験談が届く。そんな中一通の手紙が気になった「私」は手紙の主と会い、話を聞きながら怪奇現象を調べ始まる。というのが話しの大筋だ。

この設計の巧いところはやはり主人公である「私」を小野不由実自身とオーバーラップさせることで、実際に作者が経験した事ではないか? という怖さ、つまりフィクションの形式をとってはいるが、実際はノンフィクションなのではないか? というイメージを我々読者に植えつけているところだろう。

なので、架空の世界の話ではなく、実際の話、つまり今読んでいる私たちの世界と地続きの世界で起こったできごとなのではないか? という怖さを読者に想起させることに成功していると言える。

さらにこの淡々とした語り口調の文体も怖さを煽る効果を生み出している。

そして上記の「穢れ」の概念をもう一度思い出してこの「残穢」の怖さとは何かを考えてみよう。
残穢には気味の悪いやつに追いかけられるシーンや、(旦那お得意の)スプラッターシーンがあるわけでもない。しかし確実に怖いのである。とするとやはり、我々の無意識に根付いている「穢れ」の恐怖、つまり「この本を読んでしまった私にも、災厄が降りかかるのではないか?(「私」の穢れが本を媒介にして移るのではないか?)」という恐怖であろう。

この「残穢」という本は日本人の内なる恐怖を刺激する本であると言えよう。

余談だがこの本には「平山夢明」「福沢徹三」ご両人が登場する。残念ながら夫の「綾辻行人」は登場しない。

※ちなみに本書には姉妹本と言える本が一冊ある。それが角川から出ている「鬼談百景」である。こちらは人が経験した怖い話を集めました、という形をとっている。そして「百景」というだけあって百物語を連想させるのだが実は「99話」までしか収録されていない。この「残穢」が100話目にあたる。百物語は語り終えると怪異が起きることで有名だが果して……?

オススメ度+映画感想

オススメ度★★☆☆☆
面白さ★★★★★
合計★七つ
私は進んでこの本をオススメしたりはしませんよ、ええ。面白さは間違いなし。ホラーとはこうだ!という思いを噛みしめながら読むことができる良書だ。しかし、この本を媒介にしているとしたら大変ですよね……?

映画評価
オススメ度★☆☆☆☆
面白さ★☆☆☆☆
いろんな意味で私はオススメしません。豪華キャストは豪華キャストなのだが、持ち腐れというか上手く使えていないというか。得体の知れないものが主人公たちに襲いかかる!というのはもう古いのではないでしょうか?B級映画ですよね。原作に登場しないものを出すのであれば、原作を超えるようなクオリティでなければならないだろう。
残穢 (新潮文庫)

小野 不由美 新潮社 2015-07-29
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4月14日からTBSにて連続ドラマ化された「リバース」

放送元のTBS系列ではすでに「夜行観覧者」「Nのために」「往復書簡」がドラマ化されている。制作陣も変わっていないようすだ。これだけドラマ化されるのはおそらく視聴率がとれるのだろう。

今日はドラマ原作本「リバース」を見てみようと思う。ドラマは原作とは違った内容のようだが、どちらが好みか比べてみて欲しい。

目次

  1. 「湊かなえ」ってどんな人?
  2. ミステリージャンル「イヤミス」とは?
  3. 実際読んでみて~ネタバレ無し~
  4. 実際読んでみて~ネタバレ有り~
  5. オススメ度

「湊かなえ」ってどんな人?

読書好きで「湊かなえ」を知らないという人はほとんどいないであろう。
今や「イヤミスの女王」とまで言われる湊氏。「聖職者」で第29回小説推理新人賞を受賞。そして聖職者から続く連作集「告白」が2009年に「第6回本屋大賞」を受賞。翌年には松たか子主演で映画化(「どっかーん」というインパクトの強いセリフを未だ憶えている人もいるのではないだろうか?)書籍も300万部を超える大ヒットとなり、一気に人気作家へとのぼりつめた。
湊かなえ=イヤミスという図式とともに、「イヤミス」というジャンルを世に広めた人物でもある。

しかもメディア化されたのは告白だけではない
映画は告白(2010年)に始まり、北のカナリアたち(2012年) 白雪姫殺人事件(2014年) 少女(2016年)など実に四作品

ドラマ化は境遇(2011年) 贖罪(2012年) 高校入試(2012年) 花の鎖(2013年) 夜行観覧者(2013年)  Nのために(2014年) 望郷(2016年) 山女日記(2016年)

など見てわかる通りデビュー以降毎年ドラマ化、もしくは映画化されている。現在刊行されている書籍の半分以上が何らかの形でメディア化されていることになり、そのことからも湊作品の根強い人気と数字の取れ高が安定していることが読み取れる。

ただけっこうぶっちゃけて言ってしまう人のようで「山本周五郎賞」受賞後のエッセイで同賞と芥川賞を痛烈に批判している。その気持はわからなくもないが。

ミステリージャンル「イヤミス」とは?

その湊かなえが広めたと言えるジャンル「イヤミス」とはいったいどんなジャンルなのだろうか?
実際、読んで字の如しなのだが「読んだ後、嫌な気持ちになる小説」を指すことが多い。

現在では湊かなえ・真梨幸子・沼田まほかるの三人を「イヤミスの三女帝」なんて呼ぶ人もいるようだ。
そんな代表作は湊かなえ「告白」、真梨幸子「殺人鬼フジコの衝動」、沼田まほかる「ユリゴコロ」などが特に有名なようである。

海外なんかだとジャック・ケッチャムの「隣りの家の少女」などが有名だ。これは結構「くる」ので元気がないときに読むことはお勧めしない。

実際読んでみて~ネタバレ無し~

TBSで放送が始まった「リバース」であるが物語も中盤までさしかかっているようだ。
ただ数字は振るわない様子。原作とは違う内容のようだが、それがどう影響しているのか、落ち所をどこに持ってくるのか、とても気にはなっている。

さて小説の「リバース」である。
本書はいままでの湊作品とは少し違っている。今までの湊作品群は総じて主人公が女性であり、女性側からの視点が巧く描けていること、それとイヤミスがからみ合うことで女性からの支持を多く得てきたに違いない。

だが今作「リバース」は主人公が男性なのだ。この男性主人公は湊氏初の試みであり、作者の並々ならぬ意欲が見てとれる。

それともう一つ。湊氏の作品を読むのは「境遇」以来となったが、この「リバース」は湊氏の小説にしては珍しく、ミステリーと聞いて思い浮かべるミステリーに近い仕上がりになっているのだ。
言ってしまえば「犯人探し+意外な結末」のために入念に設計された長編ミステリーだ。普段の湊かなえ作品に慣れている湊ファンはおそらく「新鮮さ」を感じられただろう。
逆に普段は湊作品を敬遠している人からすれば、「こんな小説も書けたのか!」となり、やはり新鮮さを感じるに違いない。

では我々が期待する「イヤミス」の要素はないのだろうか?
それは安心して欲しい。しっかり存在している(今回は男性目線ではあるが)

実際読んでみて~ネタバレ有り~

ここからは少しネタバレありで書いてみようと思う。
解説にあるようにこの「リバース」という小説は「結末ありき」の小説であった。講談社編集部から「お題」が出されたのだ。そのお題にのっとる形で本書は執筆された。このネタバレ部分を見ているということは皆さん読後だということでお分かりだろうが、そのお題はこの小説の最後の結末を既定していると言ってよい。その結末へと導くために設計し、かつ自分の色もしっかりだしているこの「リバース」は傑作といえるだろう。

そのイヤミス要素も男性目線初挑戦とは思えないほどよく描かれている。
女性もそうでありように、男性にもリア充・非リア充のグループがあり、そしてその二つのグループの中でまた自分の立ち位置があったわけで(非リア充に近いリア充の下位グループとかキョロ充とか)学生時代の学級ヒエラルキーや微妙な友人関係、つかめぬ距離感や自身の立ち位置、挙げ句の果てには「あれ、こいつと俺って本当に友人関係なんだっけ? でも相手はそう思っていないんじゃ……」という思春期特有のあの苦しい記憶を見事に甦らせてくれる。そして読んだ後には溜息をつき、あるいはへこみ、総じてイヤな気分になるのである。

さらに湊作品の多くは登場人物たちのその後が心配になるケースが多い。
本書もその一つで、最終的に深瀬は自分がしたことに気がついてしまう。いくら気がつかなかった・知らなかったと言ってもおそらく「過失致傷罪」が適用されるだろう。さらに深瀬はどちらをとるかの選択に迫られることになる。

①自身がやったことを正直に美穂子に話すのか? しかしこの場合、おそらく美穂子との関係は修復できないものになるだろうし、さらに罪を問われる可能性もある。だが、深瀬は美穂子の告白も聞いている。それを以て反撃材料とすることに出来るかも知れないが、そんなことは誰も望んでいないはず。(続編があればこんなドロドロしたのを書きそうではあるが。法廷物も新しい試みですね!笑)

②自分が気づいたことは自分の中に封印する。しかしこの場合は深瀬の今後の人格に多大な影響を及ぼす可能性がある。さらに直近の危険は深瀬が「広沢の両親に本当のことを話そう」と美穂子に話していることだ。行かなければ行かないで怪しまれるだろう。しかし行ったとしてどのように話すのか? 私は深瀬が上手くごまかすような場面は想像できない。

こうしてみると、湊かなえは深瀬の退路を完全に塞いでいることがわかる。まさに前門の虎、後門の狼といったところか。

私はいつか深瀬が話すときが来るだろうと思う。しかしそれは良心の呵責に耐えられないからという理由だろう。自分のために話す。話して楽になる。そんな未来が見えるのは私だけだろうか?

オススメ度

オススメ度★★★☆☆
面白さ★★★★☆
合計★七つ
湊作品としては珍しく、ミステリー色の強い小説。未読のかたはぜひ読んでみて欲しい。
リバース (講談社文庫)

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週刊文春によって実施された「東西ミステリーベスト100」という、推理作家や愛好家らが選んだランキングがある。

これは過去に二度行われている。1985年版・2012年版だ。

そして過去のランキングでどちらも1位に選出されたのが横溝正史の獄門島である。日本国内におけるミステリーの頂点といっても過言ではない本書を今日は見て行こうと思う。

目次

  1. 横溝正史 ~正史に駄作なし~
  2. 金田一耕助という男
  3. 実際読んでみて~ネタバレ無し~
  4. 実際読んでみて~ネタバレ有り~
  5. あのカバーの人! セットで知りたい「杉本一文」
  6. オススメ度

横溝正史 ~正史に駄作なし~

横溝正史は1921年「恐ろしき四月馬鹿」でデビューを果たすと、新青年や文芸倶楽部、探偵小説の編集長をやりながら、兼業作家として活動。1932年に専業作家となると、1981年に没するまでに長短編あわせて100以上の作品を残している。有名どころを除いては、現在ほとんど紙媒体では発売されていないようだがkindleストアでよめるようだ。

横溝正史の凄いところはその作品数にもかかわらず、ほとんどの作品が一定以上の水準をキープしているところだろう。ほぼ外れが無いと言っても決して過言ではない。
初期の名作である「真珠郎」「蔵の中」「鬼火」
戦後始まる「金田一シリーズ」の「本陣殺人事件」「八つ墓村」「犬神家の一族」
そして晩年の「仮面舞踏会」「悪霊島」「病院坂」
どの作品も素晴らしすぎてあげればきりがないのだが、今こうして見てみても、やはり序盤・中盤・終盤全く隙が感じられない。

さらに横溝も「ストレプトマイシン」によって命が救われたであろう人間の一人である。
1934年に肺結核が悪化。「風立ちぬ」の舞台でもお馴染み「富士見高原病院」に横溝も療養のために入っている。さらに悪いことに当局の取り締まりが強化され、探偵小説自体の発表を制限される。この頃既に専業作家となっていた横溝は身体的にも経済的にも困窮。一時は死を覚悟したという。

しかし終戦後、ストレプトマイシンが値崩れを起こす。そのことで横溝は快方に向かうのである。
そして横溝は「本格探偵小説の鬼」となり数々の名作を世に送り出すことになる。

ちなみに「蔵の中」「鬼火」であるが、この二つは「蔵の中」というタイトルの文庫内に同時に収録されている(角川 緑 304 -21-)

金田一耕助という男

ではそんな横溝が生み出した名探偵・金田一耕助を見てみようと思う。
金田一耕助は日本三大名探偵の一人だ。作中でも多く言われている通り、どこか憎めない、そんな魅力がある男である。2012年の朝日新聞「心に残る名探偵」ではコロンボ、ホームズにつぐ三位に入っていたり(明智は4位、神津はランク外)と今でも多くの人に愛されている。

よくネタにされるのは耕助の「殺人防御率」の高さであるが、あんなものは飾りである。これは選んだ作品が「たまたま」犠牲者が多かったと言うだけで、相対的に見れば1.5と非常に低い数字となる。決して無能、メイ探偵などではないのだ。そして耕助氏も探偵道具(小型のナイフ・虫眼鏡・薄い手袋など)を所持しているがあまり活躍の機会はない。稀に変装もする。

後期になってくると活動拠点を緑ヶ丘荘に移すが、そこでは耕助氏の朝食の場面が描かれていたりとなかなか面白い。

そして最大の驚きは耕助がアメリカに留学していたことだ。しかもそこで麻薬中毒になり厄介者扱いをされていたということである。なかなかに破天荒な人生を送っているようだ。

ちなみに「耕助をじっちゃんと呼ぶ彼」との関係は少なくとも金田一シリーズでは確認できていない。というか耕助は生涯独身だったというのが通説。一応二人だけ明確に好意を抱いていた相手がいるが、一人には振られ、もう一人は自殺という結末を迎える。

実際読んでみて~ネタバレ無し~

さて本作「獄門島」は1947年から48年にかけて宝石で連載されたものだ。2016年までに獄門島を原作としたドラマが五本、映画が二本撮影されている。

この獄門島は見立て殺人・旧家の対立など、好きなひとにはたまらないシチュエーションが盛沢山だ。それと初期の金田一物ほぼ全てに共通することだが、斜陽族や引き上げ軍人の問題など戦後の日本の様子が描かれていることもポイントである。

特に本作「獄門島」はその「戦後日本」というものが物語上非常に重要になっている。戦後の激動の時代に翻弄された日本人とでも言おうか。いくつもの偶然が重なってこの結末へと至っている。個人的に思うことは本作は被害者しかおらず、犯人はいないのではないかということである。

実際読んでみて~ネタバレ有り~

これからはネタバレとなる。
まず悲しいことに獄門島の地を耕助が訪れていなければ、この事件は起きなかった可能性がある。千万太の死を伝えたのは耕助である。その時点で事件の発生が確定する。復員詐欺の犯人が捕まることで和尚たちも騙されていたことが判明するのだが、そのタイミングまで千万太の死を知らなければ今回の事件は起きていない。千万太が耕助を知っていたこと、千万太が死に耕助が生き残ったこと、同時期に復員詐欺が起き一は生きていると思いこんだこと、耕助の手により千万太の死が素早く伝達されたこと、そして鐘が残っていたこと(これは直接は関係ないが)これらが合わさり、殺人事件が発生するに至った。耕助は運命に敗北したと言ってもよいだろう。

私は所謂名作・傑作は、序盤、というか読みはじめてすぐに伏線が張り巡らされており、それをきちんと回収しているという共通点があるように思う。
獄門島も例外ではない。
・一の復員(11P)→同じ部隊にいた人物から聞いた(復員詐欺という最後のどんでん返しの伏線)
・千万太が死んだと聞いた時の幸庵・荒木の表情の描写(28P)→三人娘を殺さなければならないという恐怖。
など、伏線とは思わせないようにうまく紛れ込ませている。さらに随所に与三松・鵜飼へのミスリードがあり、読み応えがある仕上がりだ。また、ただの人物描写・説明と思われるものが後に伏線として効果を発揮したりと(幸庵さんは酒癖が悪い→寝ていてもおかしくはない)さすがといわざるをえない。

ちなみに今作の犯人は横溝正史の奥さんが指摘した犯人を元に練り直したものである。
そして本作に登場する「鬼頭早苗」さんこそ耕助が惚れた女性の一人である。残念ながら耕助は振られている。(本鬼頭を継げるのは早苗さんしかいなくなってしまった。そして早苗さんは本鬼頭の再生を決意する。強い女性である)

あのカバーの人! セットで知りたい「杉本一文」

杉本一文氏は金田一シリーズのカバーを手掛けたイラストレーターである。
2001年 第四回グリビッツェ国際蔵書コンペティション(ポーランド)審査員特別賞
2004年 台湾日本蔵書票交流文化展 優選賞
2005年 第四回国際小版画・蔵書票トリエンナーレ(チェコ) フランツ・フォン・バイロス賞
など、様々な賞を受賞している。

数年前に横溝復刊フェアがあった際、杉本氏のカバーも復刻した。今手元に通常カバーと杉本氏カバーがあるのだが、やはり今のカバーは味気ない。金田一シリーズはやはり杉本氏×横溝で真の完成を見と考える。あなたのお気に入りのカバーはなんだろうか? 私はやはり「病院坂」。あれは素晴らしい。写真がセピア色になっているというところが非常にポイントが高い。

オススメ度

オススメ度★★★★☆
面白さ★★★★☆
合計★八つ
やはり安定して面白い。金田一読んでいないのであれば取りあえずこれ読んどけみたいなところがある。
獄門島 (角川文庫)

横溝 正史 角川書店(角川グループパブリッシング) 1971-03-30
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「法医昆虫学」と聞いてどんなことを想像するだろうか?

普段、何事にも巻き込まれずに生活していればまず聞くことはない言葉だろう。日本国内では特にそうだ。

今日紹介する本はそんな「法医昆虫学者」が主人公の本である。今私の手元にある文庫の帯には「『聴こえざる声』を聴く女」と書いてある。なんだか危険な香りがプンプンするではないか。いったいどんな小説なのだろうか?

目次

  1. 「川瀬七緒」ってどんな人?
  2. 「法医昆虫学」って?
  3. 実際読んでみて~ネタバレ無し~
  4. 実際読んでみて~ネタバレあり~
  5. みんなに伝えたい! 「赤堀涼子」の魅力とヤバさ!
  6. オススメ度


「川瀬七緒」ってどんな人?

川瀬氏は2010年に「静寂のモラトリアム」が「鮎川哲也賞」の最終候補、「ヘヴン・ノウズ」が江戸川乱歩賞の最終候補となると、翌2011年「よろずのことに気をつけよ」で江戸川乱歩賞を受賞しデビューした女性作家だ。さらにデザイナーでもあり、デザインの仕事と執筆活動を並行して行っている。

第一作目の「よろずのことに気をつけよ」は川瀬氏が興味を持っているであろう「民俗学」の色が濃い。しかし今作はそれを一新。今作から始まる「法医昆虫学シリーズ」は川瀬氏の代表作と言えるだろう。

「法医昆虫学」って?

法医昆虫学とは、法医学・科学捜査の一部門だ。
人が殺され遺棄された場合、当然様々な虫が集まることになる。代表的な昆虫は「蠅」になるのだが、集まった昆虫たちがどのような種類の虫たちか、またどの部位を食べているか、産卵して孵化しているのであればその蛆は何齢なのか。遺棄された周囲で生息可能なのか。そのような情報を集め組み立てることで死後の経過時間や死因を推定しよう、という学問である。

アメリカ・中国では法医昆虫学が実用的なレベルまで達し、実際裁判でも証拠として扱われることがあるそうだ。

日本はただでさえ法医学者が少ないうえに、「蠅」の研究者も減少している。そのような事情から圧倒的にデータが少ないそうだ。こればかりは海外のデータを使っても意味が全くないのでどうしようもない。仮に研究が進んだとしても、日本で実際に捜査に導入するにはそこからさらに時間を要するだろう。

実際読んでみて~ネタバレ無し~

さて、実際に小説を見てみよう。
この文庫の裏のあらすじには、「『虫の声』を聴く彼女は、いったい何を見抜くのか!?」と記されている。この部分だけ読むと「虫の声が聞こえるという特殊能力を持った女性が虫たちと共に様々な難事件を解決する!」というなんともメルヘンチックなお話しに見えなくもない。ヘタしたらシリーズ途中でバトル物か何かに変わってしまいそうである。

しかし、安心して欲しい。そんなことは全くない。れっきとしたミステリー小説である。
主人公である赤堀涼子が「法医昆虫学」と大吉君を駆使し、虫の声を聴けるように努力するのである。
そう。「死体は語る」でおなじみの「上野先生」の境地に立とうと言うのである。決して彼女の耳元で虫たちが犯人の名を告げるわけではないので安心して欲しい。

そしてこの本の魅力の一つとして個性的な登場人物達をあげることができるだろう。虫に関わる側の人間は揃っておかしな奴らばかりなのだが(その筆頭が赤堀涼子)、彼女の後輩である大吉君もなかなかに癖のある人物だ。そんな人物ばかりだと当然物語は暴走し、破綻してしまうことになるだろう。そこで彼らの抑止役として岩楯警部補が登場する。所謂常識人枠である。が、そんな岩楯警部補もただの堅物警官でない。もちろんミステリーであるからには謎があり、その謎も魅力的なのだが、彼らの掛け合いにもぜひ注目して読んでみてほしい。

最後にひとつ注意する点を挙げておく。タイトルに偽りはない。よって昆虫に関する描写(特に蠅・蛆)がわんさか出てくる。私はそれほど虫は嫌いではない(むしろ好き)ので薀蓄も豊富な本書は楽しく読めたが、苦手・嫌いという人はそれなりの覚悟が必要である。うかつに読むとヴォエー!となりかねない。(というか苦手な人がこの本を読まないか……)

実際読んでみて~ネタバレあり~

ではここからはネタばれ・結末気にせず書くので未読の方はスルーしていただきたい。
読んだ感想はやはりテンポが良いということ。鮎川哲也賞は受賞こそしなかったものの最終まで残った実績というのは大きい。実力があることがわかる文章だ。特にデビュー二作目ということで重要視されることが多いが、一作目をしっかり踏み台にし、ステップアップしていることが読み比べるとわかる。おそらく川瀬氏的には民俗学系のものを書きたかったのだろうが、大きなモデルチェンジが功を成した。

作者はSのほうが良い、主人公をどんどん危機的状況に追い込むべきという話があるが、本書はそれを徹底している。ただ主人公の性格付けによっては、そこでマイナスの印象を与えかねないが(危機に追い込まれるのは主人公が無能だからか? それとも無茶な性格だからだろうか。無能な主人公というのはほとんど歓迎されることはないだろう。さらに主人公の無茶な行動がトリガーになっている場合、無茶をするような性格でない人間が無茶をするのであればそこにはそれ相応の理由や動機が必要で、さらに理性がそれらを抑えることができないということも必要になってくる)主人公である「赤堀涼子」ならばやりかねないと読者も納得するような設定となっている。さらに主人公を強い女性に設定していることでヒットの条件も満たしているのでドラマ化したら受けるであろうと思われる。

だた一つ個人的に残念だったのは稲光少年の死である。この流れだと当然数年後、赤堀の元で法医昆虫学を学んでいるものだと思っていた。赤堀が稲光少年を虫によって少しずつ更生し、社会復帰させるものだと。しかし、赤堀の独断専行で結果死なせてしまう。物語的には赤堀の成長に繫がったのだが、もう少し救済が欲しかった。それともこれは作者による意思表示であろうか。うーん、Sですね!


みんなに伝えたい! 「赤堀涼子」の魅力とヤバさ!

そんなわけで最後に主人公・赤堀涼子さんのヤバさをお伝えして終わりにしようと思う。今作の中に登場する「ヤバい!」場面を抜き出してみた。
≪ここがヤバいよ!涼子さん!≫ 
「それは『ウジ茶』のはずだが」
「ああ、いけない。また飲んじゃうところだった」 (文庫版106P)
・この赤堀さんは何度かウジを茹でた湯を「うっかり」飲んでしまっているらしい……。

「刑事さん、ウジとかアオムシとか柔らかくてかわいい虫はね、それで生きていけるように究極進化してるんですよ」 (文庫版107P)
・蛆虫、芋虫可愛い?……可愛くない?究極進化ってなんだかデジモンみたいですね。

「当然だが、こんなに嬉しそうに、ウジの話をする女には会ったことがない」 (文庫版109P)
・ついつい本音が出てしまう岩楯警部補。ドン引きしてますね。

「じっくりと検分を続けていた赤堀は、何を思ったのか軍手を外して、遺体があった場所の油染みを指でこすった。そしておもむろにバンダナをずらし、舌を出して舐めようとしているではないか
(文庫版133P)
・今回私がいちばん衝撃を受けた問題のシーン。もう大爆笑ですよね。お前は妖怪か何かかと。無論実際そんなことをしたら感染症やらなんやらで大変ですので絶対やっては駄目です。

とまあ、赤堀涼子さんの問題行動とポジティブシンキングは至る所で確認できます。こんな女性主人公見たことない。でもどこか憎めない、そんな女性です。

オススメ度

おすすめ度★★★☆☆ 
面白さ★★★★☆
合計★七つ
本当はいろんな人におすすめしたいのですが、きっと万人受けはしないだろうと。ただ非常に面白い。ぜひ読んでみて欲しい。
法医昆虫学捜査官 (講談社文庫)

川瀬 七緒 講談社 2014-08-12
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KAZUHIRO009_TP_V
小説講座などでは合作小説、いわゆるリレー小説などを課題として出されることがあるようだ。

しかしながら最近では、アンソロジーやオムニバス形式の書籍はあっても、「合作小説」というものはほとんど見ない。
だが、過去には探偵小説界のレジェンド達が多くの合作を残している。その中の一つが今日紹介する「江川蘭子」である。船頭多くして船山に登る、ということわざがあるが本書はうまく着地できているのだろうか……?

目次

  1. 当時の雑誌事情~合作という余興~
  2. 「発端」 江戸川乱歩
  3. 「絞首台」 横溝正史
  4. 「波に踊る魔女」 甲賀三郎
  5. 「砂丘の怪人」 大下宇陀児
  6. 「悪魔以上」 夢野久作
  7. 「天翔ける魔女」 森下雨森
  8. オススメ度

当時の雑誌事情~合作という余興~

日本で最初の合作探偵小説となったのは「五階の窓」というタイトルの小説だ。第一回に江戸川乱歩をすえ、大正15年6月~10月まで『新青年』にて連載された。

しかしこの小説は執筆順だけを決めて書き始めたらしく、結果としては失敗だったらしい。それでも合作小説はその後も何度か行われていく。余興・お遊び的な試みだったことに間違いはない。

だが当時は雑誌上に長編を連載できるような探偵作家が少なかったという事情がある。結果、少しでも面白そう、話題を呼びそうであればGOサインが出ることになる。

さて今回の「江川蘭子」であるが、担当パートと作家の経歴を順にさらっと見ていきたいと思う。

「発端」 江戸川乱歩

書き出しはご存じ江戸川乱歩だ。
乱歩の処女作「二銭銅貨」は日本最初の本格探偵小説であるとも言われている。また日本三大名探偵の一人「明智小五郎」「少年探偵団」の生みの親でもある。「類別トリック集成」にお世話になっている方も多いのではないだろうか? 乱歩はこの「江川蘭子」という名前を気に入っていたようで、他の小説にも同じ名前の人物や、似たような名前の人物が度々登場する。さてそんな乱歩が書き出しを務める。

書き出しはその小説の行く末を決める重要な部門である。約30Pしかない中で乱歩は自身のエロ・グロ趣味をいかんなく発揮している。さすがといったところか。

「絞首台」 横溝正史

そんな乱歩の後を受けるのは横溝正史だ。
横溝といえばみんな大好き「金田一耕助」の生みの親。もちろん金田一も日本三大名探偵の一人だ。しかしこの「江川蘭子」執筆当時はまだ金田一シリーズはおろか、横溝の名前を広めることになった「本陣殺人事件」も書かれていない。だが横溝もう一人の名探偵「由利先生シリーズ」が始まっている。金田一に隠れがちだが「真珠郎」「蝶々殺人事件」などの名作もあるのでぜひ目を通してほしい。

さてそんな横溝のパートだが、私はもうタイトルが横溝くさくてたまらなく好きだ。舞台を兵庫に移したのは乱歩なりの優しさだろうか?しかし前のパートの乱歩が事件を起こしていないのでセオリー的には早めに事件を起こしたいところだろう。そんなわけで謎の人物の登場と事件が発生するわけだが、ここでいかにも重要なもののように「あざみの花」が登場する。この後の流れを見ると、この花の始末に苦慮しただろうと思われる。

「波に踊る魔女」 甲賀三郎

この二人の後を受けたのが甲賀三郎だ。
乱歩・横溝などの「変格」に対し、甲賀は純粋に謎解きの面白さを追求するという意味で「本格」という言葉を使い始めた人物である。戦時中の45年に急性肺炎で死去している。
活動期間は20年ほどで、戦前の弾圧を受けながらもかなりの量を執筆している。

甲賀三郎の入りはいささか面白い。前二人の作風と私とではタイプが違うから戸惑っていると素直に心境を吐露している。そして突然始まるのが疫病「黄死病」の流行である。これには読んでいてかなり戸惑った。さらに「黄死病」と絡めて横溝の置き土産である「あざみの花」を発展させている。もうここらへんからハラハラの連続である(上手く決着するのかという意味で)

「砂丘の怪人」 大下宇陀児

大下宇陀児は大正14年「金口の巻煙草」でデビュー。探偵小説だけでなくSFにも興味を示した多彩な作家だ。1951年には「石の下の記録」で探偵作家クラブ賞を受賞している

そんな大下はこの小説の中で夢野久作につぐファインプレーを魅せたと思われる。甲賀の後をうまくつぎ、なおかつ飽きさせないよう問題の提起(解決できそうな範囲の)を行っている。いよいよクライマックスに向けて盛り上がってきた。

「悪魔以上」 夢野久作

お次は夢野久作だ。
日本三大奇書のひとつ「ドグラ・マグラ」の作者として知られるが、他にも面白い小説は多い。ドグラマグラを読んで読みにくいというイメージをもたれるかもしれないが、「少女地獄」や「瓶詰の地獄」も大変面白い。特に「瓶詰の地獄」は個人個人で解釈ができるようになっており、様々な解釈が試みられている。ちなみに詩や短歌にも長け、禅僧でもあったという万能超人である。

そして夢野久作がここでも離れ業をやってのける。夢野は自分の文体・自分の色を消すことなく前面に押し出しながらも、今まで回収されるかどうか不安だった数々の伏線をほぼ回収することに成功する。謎についてもほとんど全てに解決を与えている。そんなわけでバラバラのように見えたそれぞれの話が夢野久作の手によりなんとなく一つの話に纏まったかのように見えるのだ。若干駆け足気味なのはこのままじゃ不味いという久作の焦りだろうか?

「天翔ける魔女」 森下雨森

ラストは森下雨森だ。森下は確かに作家としての活動も行ったが、国内の作家の発掘育成のほうに功績がある人物だろう。乱歩も横溝もかなりお世話になっていたようだ。さらに海外小説の翻訳もしており、あのクロフツの「樽」を最初に紹介したのは森下らしい。

しかし今回のラストをかざる「天翔ける魔女」はどうだろうか?超展開すぎやしないだろうか。ハラハラさせるシーンはあるにはあるが、我々読者はそんなことには期待していないのだ。終わりがいかに重要か、ということがわかる良い例である。夢野久作の頑張りは何だったのか。ぶち壊しである。

オススメ度

内容をざっくりとみてきたが、作家陣は各々謎解きよりも謎を作ることが好きらしい。ほぼほぼ丸投げである。というかなかなか謎らしい謎も出てこず、出てきても本当に伏線回収してくれるのだろうか?と読んでいるこちらがハラハラする。
とりあえず謎は作ったが、前の作家の意図はよくわからん!次の人がなんとかしてくれるだろう!みたいな文章があったりしてそれはそれで面白い。

しかしこれは合作だから許されるのであって、一人の作家が一つの小説でこんな書き方(花の扱いとか唐突な病気とか)をしたら即壁本である。結果としてこの小説は江川蘭子冒険譚みたいな物になってしまったが、読んでみると新たな発見があるかもしれない。これをカタログとして、気に入った作家の本を当たるのも面白いだろう。実に不思議な小説であった。
オススメ度★★★☆☆
面白さ★★☆☆☆
合計★五つ
by カエレバ
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京都を舞台にした小説は多々あるが、最近勢いがあるのはやはり森見氏に違いない。

彼の作り出す京都をベースとした奇妙な舞台を覗くには、アニメ映画化もされた「夜は短し歩けよ乙女」が最適だろう。森見入門にも持って来いな本書を今日は見てみよう。

目次

  1. そもそも「森見登美彦」って誰よ?
  2. 「夜は短し歩けよ乙女」ってどんな小説?
  3. 「森見リンク」はあるの?
  4. オススメ度

そもそも「森見登美彦」って誰よ?

森見氏は2003年、『太陽の塔』で第15回日本ファンタジーノベル大賞を受賞しデビューしたファンタジー・作家だ。作品のほとんどが京都を舞台にしたもののため出身地も京都かと思われがちだが、実は奈良の生まれである。

奈良と言えば「鹿男」が思い浮かぶが、実際万城目学氏とは交友があるようだ。
二人の間柄を示すような「おともだちパンチ事件(※)」は有名である。
※本屋大賞受賞式にて森見氏が初対面の万城目氏に「おともだちぱんち」をお見舞いするという事件。

森見氏は本書で山本周五郎賞を受賞。他にも「ペンギン・ハイウェイ」が日本SF大賞、「聖なる怠け者の冒険」が京都本大賞、最新作「夜行」が広島本大賞を受賞している。

氏が書く小説の主人公の多くは腐れ男子大学生だが、男女を問わず幅広い層から人気を集めている。今後の活躍からも目が離せない。

「夜は短し歩けよ乙女」ってどんな小説?

内容を語る前にまず先述の「おともだちぱんち」について説明したい。
まずこの小説の冒頭で語られるのがこの「おともだちパンチ」と鉄拳の違いである。実際に自分の手を握ってみて欲しい。鉄拳は四本の指を親指が外側から抑え込む。それに対し「おともだちパンチ」は親指を他の四本の指が包み込むのだ。
事実、おともだちパンチを繰り出そうとすると、かなりの確率で自分にダメージが返ってくる。下手をすると親指が骨折する危険性がある(小学生の頃、空手の師範から最初に習ったのは拳の握り方である。『おともだちパンチ』の握り方は危険なのでNGだと言われた記憶がある)
そんな危険な握り方、親指をそっと包み込むのが「愛」なのだ、と「黒髪の乙女」は語るのだ。

さて肝心の中身を見てみよう。
視点は「腐れ大学生」「黒髪の乙女」の視点二つに分かれる。黒髪の乙女の視点は小説では中々珍しい「です・ます調」で語られる。
対して「腐れ大学生」の視点はどこか古めかしく、ユーモラスな語り口調で進んでいく。

森見作品初見の読者はまずここで躓くことが多い。この文体がとにかく合わないのだ。
私も立ち読みをしてからこの本を購入するまで実に三か月かかっている。初めて見たのは大学生の頃だ。大学生協でオススメ!とあったので何となく手に取った。

しかし何度立ち読みしても面白さがわからない。そして普段ファンタジー系の小説を読まないことも購入を躊躇わせるのに一役買った。所謂食わず嫌いである。しかし面白くなければ売ればいいや、そんな気持ちで買ったのだが読んでいる内に戻れなくなってしまった。

売るなんてとんでもない!気が付くと私の本棚には森見氏の本が大量に購入されていた。今ではしばらく森見氏の本から遠ざかると「森見欠乏症」が出るほどになってしまった。そこで私は一つ言いたい。「森見氏の腐れ大学生ものは『スルメ』である」と。読んでるうちにだんだん味が出てくるのだ。

そして二人が知らず知らずのうちに巻き起こす珍妙な出来事・事件を経て物語は終局へと向かう。「腐れ大学生」の視点だけを追うと「恋愛小説」、「黒髪の乙女」の視点だけ追うと「ファンタジー・冒険小説」とハイブリッドなこの小説の結末は実際に読んで確かめてみて欲しい。はたして二人は結ばれるのだろうか……?

「森見リンク」はあるの?

「森見リンク」とは森見氏のキャラクターが他の小説にも登場することを指す。
「夜は短し歩けよ乙女」に出てきて他の小説にも登場するキャラクターは
・李白(有頂天家族の寿老人)
・樋口清太郎(四畳半神話体系。「きつねのはなし」の樋口直次郎の子孫か?)
・羽貫涼子(四畳半神話体系。「ペンギン・ハイウェイ」のお姉さんにもそっくりだが……?)
・千歳屋(有頂天家族の大黒)
他にも組織が跨って登場したりしている。お気に入りの人物がいたらその人物がでる小説を読んでみるのもいいかもしれない。

気になることが一つ。私はこの本に「赤川次郎」と「内田康夫」が登場している気がするのだが気のせいだろうか?そのままの名前ではなく入れ替えてはあるのだが……

オススメ度

オススメ度★★★☆☆
面白さ★★★☆☆
合計★6個
良くも悪くも入門書的な扱いにしたい。もっと濃いのが良い!と言う方は「四畳半神話体系」へ。こんな文体は嫌いと言う方は「きつねのはなし」へどうぞ。
夜は短し歩けよ乙女 (角川文庫)

森見 登美彦 角川グループパブリッシング 2008-12-25
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