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国際情勢の緊迫が続く中、そんなことはほとんど報道せずに内閣支持率を下げようと必死になっているように感じるのは私だけだろうか。

とりわけ「加計学園」の偏向報道っぷりは酷さを増しているようである。
ただワイドショーやマスコミの報道だけを見ている人で「獣医学部新設を前向きに検討しだしたのが鳩山政権時代」つまり「民主党政権下」の出来事であると認知している人はどれだけいるのだろうか?

ちなにに自民党政権下でも提出されたがどちらも却下されている(福田・麻生内閣時)
こんな偏向報道をするマスコミひいてはマスメディアは本当に今の時代に必要なのだろうか?今日はそんな疑問を解決してくれるかもしれない本、「うわさが走る・情報伝播の社会心理」を見てみようと思う。




目次

  1. 歪められたうわさのイメージ
  2. うわさを研究する
  3. おしゃべりとしてのうわさ
  4. うわさの管理――企業とうわさ
  5. ニュースは誰が運ぶのか――マスメディアの終焉
  6. 電子メディア社会のうわさ
  7. オススメ度

歪められたうわさのイメージ

まず本書は最近出た本ではない。
初版は1997年。よって所々古いと思われるかもしれないがそこはご容赦願いたい(特にネット社会)

まず「うわさ話」と聞いてどんな想像をするだろうか?ネガティブだろうか。それともポジティブなイメージを持つだろうか。おそらく多くの人がネガティブなイメージ、つまり「うわさはうわさであって真実ではない」という立場に立つのではないだろうか。

しかしながら本書は『うわさは送り手、受け手両者のいる現実に即した、ある真実を伝えるメディアという立場』に立つ。

さらにまた『パーソナル・コミュニケーションの典型であるうわさこそ、主要なチャネルなのだ』という。

そしてその狙いは、個人の発信能力が低く評価されてきたことへの見直しにある。情報発信者としての我々自身を「うわさ」を通してもう一度考え直すというのである。

今はテレビ・新聞だけでなく、ネットでも様々な情報を得られるようになった。また個人のブログやツツイッターなどでも様々な情報が交錯している。さらに口コミでの勢い・拡散力は凄まじい影響力を持ってきているようである。

「どうしても伝えたい」と思ったものを人に伝えるコミュニケーションプロセスを「うわさ」とする。とすると「うわさ」こそ現代社会の情報発信のメディアと言ってもいいのではないだろか?

うわさを研究する

本書はうわさを三つに定義している。
・社会情報としてのうわさ(流言)
・おしゃべりとしてのうわさ(ゴシップ)
・楽しみとしてのうわさ(都市伝説)


ではこれらの「うわさ」を誰が広めていくのだろう?うわさは伝えた人が次の人へと伝えなければそこでストップしてしまう。「うわさ」が広がりを見せるためには伝える人も重要であるようだ。

しかしどのような人が「うわさ」を広めていくのだろう?
これには一貫した結果があるようで「不安傾向の強い人」なのだと言う。

またどのような「うわさ」が伝達されやすいのだろうか?これは
・信用できるうわさ
・ネガティブなうわさ(〇〇の値上がり・消費増税など)
・恐怖流言(不安を喚起させるうわさ)

がより伝達されやすいようだ。これは自分のブログやツイッターを少しでも広めたいという人にとっても役に立ちそうである。

そしてもっとも重要な要素、それが「あいまいさ」なのである。
明確な情報よりもどこかあいまいな情報の方が憶測を呼びやすい。

これこそ「加計学園問題」を例とすると考えやすい。つまり
「安倍首相の友人が理事を務める学園に獣医学部の新設が突然認められたらしい」という「うわさ」に「あいまいさ」が加わりこの「うわさ」は急激な広がりを見せているのである。

だがここで注意したいのは、この「あいまいさ」を我々に植えつけているのはどこなのか?ということなのである。ネット上を探せばいくらでもあいまいさを払拭できるような情報は出てくる。しかしそれを意図的にか、あるいは意図せずにかは不明だがマスコミは報道しようとしない。

この「うわさ」の伝達率の方式をマスコミが知らないはずはない。
「あいまいさ+うわさ」の伝達率の高さは本書で語られるシャクターとバーディツクの実験によっても明らかとなっている。とするとこれはマスコミによる世論操作であろう。

ちなみに本書ではうわさの考え方を「R~a×a」と定式化している。
「人に伝える可能性~不安×あいまいさ」である。

おしゃべりとしてのうわさ

我々が普段イメージする「うわさ」はきっとここになるに違いない。そして誰もが経験しているはずだ。いわゆる「ゴシップ」である。

「ゴシップ好き」というと女性に多いイメージを持つかもしれないが、レビンとアリュークの実験では女性の会話の内74%、男性の会話の内64%がゴシップであったと報告している。数字で見る限りではほとんど差はないと言っても良いようだ。

ちなみにゴシップとは
「ある人の資質や行動についてのその場の意見であり、多くは人から聞いたことにもとづいている。自分との関わりでは、取るに足りないし、とくに重要というものではない」と定義されている。

だからこそ芸能人のゴシップネタには週刊誌が飛びつくし、我々もネットや休み時間などにその話題で盛り上がったりするのである。

また「ゴシップ」は社会的制裁の意味を持っている。
本書でも『自分たちのやり方とちがうやりかたをとる人々、自分たちと一緒に行動しようとしない人々に対して、いってみれば、いやがらせをしている』と述べている。
また『裏で悪口を言うことによって、逸脱した行動を批判しているわけです。このことを通して、じつは、自分の所属する集団が共有している規範が述べられたり、規範の再確認がされるプロセスでもあるのです。このようなゴシップの交換は、個人の集団規範への同調をつくりあげるものとして機能していることは言うまでもありません』という。

例えば不倫をしてゴシップネタとなり炎上した芸能人Aがいたとする。
そこでネットでも盛り上がる。これに対してAの友人Bが庇ったため炎上した。

上の機能を見てみると、このBが炎上するのは当然だということが分かるだろう。なにせ「集団行動内の規範・道徳を再確認し、同調を作り上げていく」という作業中に集団の和を乱すような真似をしているわけである。

また「文句があるなら直接言え」と様々な芸能人が言っているが、ゴシップの定義の一つに「当人の不在」という条件がある。なので当人の前ではゴシップが成立しないのである。いないから様々なことが言えるのだ。なのでこれまたお門違いの文句と言える。

芸能人という立場上、様々な人から絡まれてストレスも溜まるのだろうがそれこそ「嫌なら辞めて」しまえばいいのである。一週間もすればほとんど記憶から忘れ去られるだろう。

本書はまさに芸能人の必読書と言えるだろう。

うわさの管理――企業とうわさ

また忘れてならないのが「企業のうわさに対する対処の仕方」だろう。
一歩間違えればネットが発達した現在ではすぐに破滅が訪れる。

自社に否定的な噂が広まってしまった場合の対処を企業はどのように考えているのだろうか?
この章には企業がうわさの被害をこうむった場合の対処方法はどのパターンが一番よいのか?ということが述べられている。
先ず一つ目が「否定戦略」
これはうわさそのものを否定する「攻撃的な戦略」だ。しかしここで重要なのは「うわさの内容をどれほど明確に否定できるか」だ。うわさの研究部分でも触れたが、少しでも曖昧なところが残ればたちどころに拡散してしまう恐れがある。事実一番効果が薄いとされている。

二つ目は「対抗戦略」
これは企業がいかに消費者のために有益な社会活動をしているかを積極的にアピールするという方法だ。ネガティブなイメージをポジティブなものに変えるのである。

見つめは「無視戦略」
どんな反応も取らず、うわさを流しっぱなしにしておき、自然消滅を待つというものだ。

自分がそうせざるを得ない立場に立った時、どのように動くのか。これは私たちの生活にも役に立つはずだ。あの時ああしていれば良かった。そんな思いがよぎりはしなかっただろうか?

ニュースは誰が運ぶのか――マスメディアの終焉

事実の隠蔽や、真実を語らないマスコミについて先ほども触れたが、実は過去にこんなことをしている。
93年の1月6日のことだ。この日臨時ニュースのため放送中の番組は全ての局で中止となった。そのニュースとは皇太子妃決定のニュースである。当時大きな話題となったに違いない。

が、マスコミは取材はするが報道はしないという報道協定を結んでいた。しかもアメリカのワシントンポスト紙が独自の取材で皇太子妃決定を摑み、当日名前入りで報道したのである。その結果、アメリカでは周知の事実なのに肝心の日本では未だ報道されていないという逆転現象がおきてしまった。

筆者はここで『日本のマスメディアは場合によっては、真実を伝えずに、情報を隠すことがあることを私たちに教えてくれた』と述べている。

これは今ではほぼ我々も知っている事実になっている。
そしてその不信感こそ「うわさ」にとって望ましい温床となりネットでの活動を活発にしたと言えるだろう。

今現在公平・公正に報道しているテレビ局・新聞紙はいったいどれほどあるのだろうか?
確かに情報は欲しい。しかしその局・新聞社の偏った意見を聞きたいわけではない。情報を与えるのはマスコミの役目かもしれないが、その情報が正しいかどうか吟味するのは我々視聴者の仕事だ。それを忘れてはならないだろう。

またこのような考え方もできるのではないだろうか?
各局とも偏った報道をしている中でなんとか真実を歪めないよう報道できれば、他の顧客を奪えるかもしれないと。今が脱却のチャンスである可能性が高い。

電子メディア社会のうわさ

筆者はこの章でネットワークの発達はこれまでとはことなる新しいコミュニケーションツールを作りだすと予測しているが、はたしてその通りとなっている。いまでは誰もが情報を発信できる媒体となれるのだ。いよいよ「うわさ時代」に突入しそうである。

オススメ度

オススメ度★★★★★
面白さ★★★☆☆
実は都市伝説を調べるために購入したのだが、様々なことが載っておりこれからの生活に大変役に立ちそうである。ネット社会が発達しつつある今だからこそ、この本を読んでみるのもアリだろう。
うわさが走る―情報伝播の社会心理 (セレクション社会心理学 (16))

川上 善郎 サイエンス社 1997-05-01
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かつてソ連に「どうやって相手を苦しめるか、次から次へとアイデアが湧いてきて、実行するのが追いつかないほどだった」と言った連続殺人鬼がいた。

彼の名は「アンドレイ・チカチーロ」
今日は彼から着想を得て書かれた「チャイルド44」を見てみようと思う。




もくじ

  1. チカチーロとソ連
  2. 「チャイルド44」を読む!
  3. オススメ度

チカチーロとソ連

この小説を読む前に押さえておきたいことがある。
それは当時のソ連が「連続殺人は資本主義の弊害によるものであり、この種の犯罪は存在しない」という見解もとで動いていたということだ。

そして二つ目がこの小説を書く際に着想を得た人物「アンドレイ・チカチーロ」である。
チカチーロはソ連に実際に存在した連続殺人鬼で「赤い切り裂き魔」などの呼び名で知られている。

彼は女子供52人を殺害した連続殺人犯だ。しかし上記にもあるように、当時のソ連では「連続殺人など存在しない」という見解であったため、組織だった捜査が行われなかった。そして犯行の魔手はソ連全土に及び、いたずらに犠牲者を増やすことになる。最終的にKGB(=ソ連国家保安委員会。プーチン大統領もここの出身)が介入し事件は解決することになる。

所謂シリアルキラーや快楽殺人者は過去に大きなトラウマを経験し、家庭環境に問題がある場合、また性的虐待や性的コンプレックスを持っていることが多いそうだが、もれなくチカチーロもそうである。

しかしコンプレックスや挫折ももちろんそうなのだが、彼が4歳の時に母親から聞いたという「お前の兄は飢餓を凌ぐために喰われた」という発言と「ホロドモール」の経験が大きな打撃を彼に与えたのではないだろうか?

ホロドモールとはウクライナ人が住んでいた地域でおきた人工的な大飢饉である。そう考えるとチカチーロは「国家が生み出した悪魔」であると言えるのかもしれない。

「チャイルド44」を読む!

このことを踏まえて小説を読んでみると、チカチーロから着想を得たというだけあって多くのことが一致している(但し年代は意図的にずらしている)。小説の事件も東はヴォウアルスク、西はキエフ、北はヴィヤトカ、南はロストフ・ナ・ドヌーなどやはり広範囲にわたって展開されている。しかしながら「実際の事件で広範囲にわたって事件が起きていたので、小説もそうした」では読者は納得しないだろう。そこは安心してほしい。しっかり理由づけされている。

またこの小説は「広範囲にわたって犯罪を繰り返す犯人を、エリートである主人公が徐々に追いつめていく」といったものではない。見どころは主人公の苦悩と葛藤、心の変遷、そして自分にとって妻とはどんな存在であるのか?というものである。

国家保安省という場所に身を置く人物が主人公なのだから、もちろん国家に忠誠を誓っている人物だ。しかも省の中でもエリートである。そんな人物は当然上が「この国に連続殺人や犯罪などというものは存在しない」と言ったのであれば、それを盲目的に信じるだろう(もしくは逆らった時の恐怖を自分が一番よく知っていることからくる保身)

しかしそんな国家に対する信奉・忠誠心に些細なことでヒビが入ってしまったらどうなるだろう?
さらに主人公と国家との関わり、自身の仕事に妻であるライーサが関わってくるため、いっそう物語は複雑になり厚みを増してくる。

上巻では主に主人公の破滅と苦悩、そして再生への道に主眼が置かれているようだ。
下巻では主人公が犯人を追跡し「驚愕の事実」に遭遇することになるのだが、これがまた面白い。本当に巧く出来ている。が、やはり主眼は犯人追跡(犯人当て)ではなく、主人公と妻の関係と今後の在り方、夫婦とは何か? 家族とは何か? ということになってくる。

そしてもう一つ注目したいのが、「強い女性」の登場である。日本だけでなく世界の小説においても様々な意味で強い女性というものは魅力的に映るようである。

アクションあり、涙あり、驚きありのこの小説。きっと一気読み間違いなしだ。未読の方はぜひ読んでみて欲しい。

余談ではあるが、この本はロシアでは発禁となっているらしい。嘘くさい噂ではあるが、実際にありそうなところがまた怖ロシアである。

オススメ度

オススメ度★★★★☆
面白さ★★★☆☆
デビュー作であるがとても面白い。レオたちの今後がどうなるのか?そんなワクワク感も持てる小説だ。
チャイルド44 上巻 (新潮文庫)

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昨今話題の「終活」。葬儀や墓などを事前に準備するこにとどまらず、「人生のエンディングたる『死』について考えることで自己を見つめ直し、今をよりよく生きる」ということらしい。

が、「死」とはやはり突然やってくるものなのだ。まさか死んでしまうとは自分でも思っていないのに「死」は突然訪れる。

今回は偉人やヤクザ、犯罪者など様々な歴史上の人物総勢800人以上の死に方を書きしるした山田風太郎の名著「人間臨終図鑑」を見てみようと思う。今回は角川版である。




目次

  1. 人間臨終図鑑・上
  2. 人間臨終図鑑・中
  3. 人間臨終図鑑・下
  4. オススメ度

人間臨終図鑑・上

人間臨終図巻 上 山田風太郎ベストコレクション (角川文庫)

山田 風太郎 KADOKAWA/角川書店 2014-01-25
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上巻は10代で死んだ人物から55歳で死んだ人物総勢324名を収録。
この本の特徴は年代・年齢が切り替わるごとに作者である山田風太郎、もしくは偉人の「死」に対する箴言・格言が添えられていることである。これがまたこの本を情緒あふれるものにしている。

例えば本書の始まり「10代で死んだ人々」では、鴨長明「方丈記」の言葉
『知らず、生まれ、死ぬる人、いずかたより来たりて、いずかたへか去る』という言葉が引用されている。この段で鴨長明は人生の無常、儚さを朝顔に例えて語っている。

しかしこの本がずっとこの調子真面目な調子で続くかというと決してそうではなく、所々に皮肉あり、笑いあり、読者を飽きさせないようにしている(ただ人間の死に際を書いているだけなのだが)
「47歳で死んだ人々」の章で添えられている山田風太郎の言葉
「臨終の人間『神よ、世界の終りの日の最後の審判などいわないで、いま審判して下さい。なぜ、いま、私が……』
神『では、いおう、最後の審判がいまだ』」

という言葉からもそのことが分かっていただけるはずだ。

以下、個人的に気になった人物を山田風太郎の言葉とともに見てみようと思う。
〈八百屋お七 15歳で死去〉
本書の一人目を飾る重要な人物である。

天和の大火(別名お七火事)で焼け出され、避難している間に寺の小姓・庄之介(もしくは吉三郎)と恋をし、店が再建され寺を引き払った後も恋心は募るばかりであったお七。
そこで彼女が庄之介に会いたいがためにとった行動が「放火」である。

そう、また焼け出されれば寺で会えると踏んだのである。しかし放火は大罪だ。お七は捕まり火あぶりの刑に処せられた。
徳川時代では数え年16歳から成人である。お七が放火した天和3年、お七は数え16歳となっていた。15歳であれば減刑されていたのだ。

しかしながらお七に関する史実の詳細は不明となっている。お七の実家が八百屋かどうかも不明だ。ただ当時この話が非常に人気であったようで、人形浄瑠璃や歌舞伎、落語などでこれを題目としたものが多く作られている。

〈石田吉蔵 41歳で死去〉
山田風太郎がこの図鑑の中で、幸福な死をとげた稀有な人間ベスト10の中の一人にあげているのがこの石田吉蔵だ。

昭和11年2月。割烹料亭吉田屋の主人であった石田は、その月のはじめから雇った女中・お加代と密通した。しかし二人の関係は石田の妻の知られるところとなり、二人は駆け落ちする。
行為の最中、石田は加代に首を絞めてほしいと言い出しお加代もふざけ半分それに応じた。どうやら石田はM気質だったらしい。

5月18日のことである。その日も石田は首を絞められていた。首を強く絞められすぎた石田の顔は鬱血している。お加代は石田が良く眠れるよう「カルモチン」を薬局で購入し石田に飲ませ、眠っている間に腰紐で死ぬまで絞めた。

『石田吉蔵は最後まで、絞められるのも例の遊びだと思っていたかも知れない。しかしまた、ほんとうに殺されてもいいと思っていたかもしれない。いずれにせよ、おそらく死の恐怖も苦悶もない、極限までの燃焼と消耗で、異次元の忘我と恍惚の中に、彼は息をひことったのであろう』
と山田風太郎は語る。

が、事件はこれで終わらなかった。
お加代は石田が死んだあと彼の性器を切断したのである。そして死体の太腿とシーツに「定、石田の吉二人キリ」と刻んだ。そして彼女は切断した石田の性器を逮捕されるまでの3日間持ち歩いた。

そう。御察しの通り石田の密通相手、お加代の本名は「阿部定」という。

人間臨終図鑑・中

人間臨終図巻 中 山田風太郎ベストコレクション (角川文庫)

山田 風太郎 KADOKAWA/角川書店 2014-01-25
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中巻では56歳から72歳で死んだ人物総勢307名を収録。
相変わらずの山田節はこちらでも健在だ。ここでも気になった人物を幾人か見てみよう。

〈玄奘三蔵 62歳で死去〉
貞観3年、インドの地へ仏教の原典を求めて長安を出発した青年僧がいた。玄奘三蔵、所謂三蔵法師である。彼はシルクロードを通り、翌年の冬にインドへと到着。以後12年間インドの地で巡礼と修行の日々を過ごす。貞観15年ついに帰国の途へつき4年の年月を費やして長安へと帰国した。この冒険が後の『西遊記』の元ネタとなっている。その後、インドから持ち帰った仏典の翻訳に生涯をついやした。

話題がそれるが西遊記といえば誰を思い浮かべるだろうか?
そう、やっぱり沙悟浄ですよね!
そんな沙悟浄は首から9つの髑髏を下げているのだが、これは誰の髑髏だか御存じだろうか?
実はこの髑髏、すべて三蔵法師の前世の髑髏なのである。三蔵法師は悟空たちと出会う前に9回生まれかわりいずれも天竺を目指すのだが、その9回すべてで流沙河で立ち往生し沙悟浄に喰われていたのである。10回目のトライでようやく難所を突破できたのである。日本では河童の妖怪として描かれることが多いが仙人、妖仙である。

〈江戸川乱歩 71歳で死去〉
晩年の乱歩はパーキンソン病と闘いながら、家族に口述筆記をさせるなどして評論・創作活動を行っていた。その後次第に病状が悪化、昭和40年7月30日に死去した。
どうやら著者・山田風太郎は名簿による電話の順番が「ヤ行」のため、臨終には間に合わなかったそうである。

その翌年、大下宇陀児が死に、2年おいて木々高太郎が死んだので「推理作家は五十音順に死んでいく」というブラックユーモアが流行ったと山田風太郎は語る。

「ヤ行の山田風太郎はひとまずほっとして、このことを横溝正史に話したところ、横溝は『それならぼくは風ちゃんよりもまだあとだ』」と語ったらしい。横溝の方が一枚上手か。

人間臨終図鑑・下

人間臨終図巻 下 山田風太郎ベストコレクション (角川文庫)

山田 風太郎 KADOKAWA/角川書店 2014-01-25
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最終巻である下巻には73歳から100代で死んだ人物総勢292名収録。
こちらで紹介する人物はもうこの人しかいない。
〈武者小路実篤 91歳で死去〉
武者小路実篤は「友情」「お目出たき人」などで知られる白樺派の作家だ。貴族院勅選議員でもある。

そんな武者小路実篤89歳のとき「うえの」7月号にゴッホの自画像について次のようなことを書いた。
『彼はその画をかいた時、もう半分気がへんになっていたろうと思う程神経質な顔になっていたように神経質な顔をして、この顔を見ればもう生きていられないような、神経質な顔をしていた。僕はこれでは生きていられないと思った。実に神経質な顔をしていて、もう生きていられない程神経質な顔をしていた

よほどゴッホの自画像がお気に召さなかったと見える

また翌年、90歳の武者小路は同じく「うえの」5月号に次のような文章を書いた。
『児島が、電車で死をとげた事を知った時も、僕は気にしながら、つい失礼してしまった。児島にあえば笑ってすませると思ったが、失礼して、今日まですごして来たわけだ。もちろん逢えば笑ってすませることだろうと思う。児島とあえば笑ってすませるのかも知らないが、児島の事を思うとつい笑ってすまない顔をしてしまうかも知れない。児島は逢えば笑ってすませる所と思うが』

この児島氏が誰かは私は調べていないが余程失礼したことを気に病んでいたのだろうか?

またこんなことも書いている。
『僕は人間に生れ、いろいろの生き方をしたが、皆いろいろの生き方をし、皆てんでんにこの世を生きたものだ。自分がこの世に生きたことは、人によって実にいろいろだが、人間には実にいい人、面白い人、面白くない人がいる。人間にはいろいろの人がいる。その内には実にいい人がいる。立派に生きた人、立派に生きられない人もいた。しかし人間は立派に生きた人もいるが、中々生きられない人もいた。人間は皆、立派に生きられるだけ生きたいものと思う。この世には立派に生きた人、立派に生きられなかった人がいる。立派に生きてもらいたい。皆立派に生きて、この世に立派に生きられる人は、立派に生きられるだけ生きてもらいたく思う。皆、人間らしく立派に生きてもらいたい

ここで山田風太郎が一言「脳髄解体」。
「これでは1回転ごとに針がもとにもどるレコード化した観がある」ともここで山田風太郎は述べている。この歳で文章を書けることも凄いことだろうと思うが、しかし山田風太郎が言う通り壊れたレコードのような感じを受けてしまう。

オススメ度

オススメ度★★★★★
面白さ★★★☆☆
不気味な印象を受けるかもしれないが、真っ当な本である。雑学を増やす、もしくは他人の死から今の自分を見つめ直したい人にお勧めの一冊だ。
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限定復刊で大きな反響を呼んでいた泡坂妻夫「湖底のまつり」が完全復刊し、全国の書店で買えるようになると同時に大きな反響を呼んでいるようだ。

美しくなったカバーと共に、帯には読み手の好奇心をそそる文字がいっぱいだ。今日はそんな「湖底のまつり」を読んでみようと思う。

目次

  1. 奇術師・泡坂妻夫
  2. 「湖底のまつり」を読む
  3. オススメ度

奇術師・泡坂妻夫

1976年に「DL2号機事件」で幻影城新人賞に佳作入選し、46歳で作家としてデビューした遅咲きの小説家である。遅いデビューでありながら体力のいる創作活動を多くこなし、数多くの小説を書き上げている。また様々なトリック・文体を使いこなしミステリーに限らず多くのジャンルを手掛けた。

1978年には「乱れからくり」第31回日本推理作家協会賞
1988年には「折鶴」泉鏡花文学賞
1990年には「蔭桔梗」第103回直木賞を受賞している。

さらに本物の奇術師としても著名であり、創作奇術に貢献した人に贈られる「石田天海賞」を作家デビュー前の1968年に受賞している。このことからも常日頃から「トリック」に親しんでいたことが窺われる。「生者と死者」に見られるような読者を楽しませることを意識した小説は奇術師としての経験、観客を驚き楽しませるというところからきているのかもしれない。

また実家は東京神田で「松葉屋」の屋号を持つ「紋章上絵師」である。
そんな関係で「家紋の話」などのエッセイを執筆していたりもする。まさにエキセントリックな小説家である。

「湖底のまつり」を読む

「なるべく予備知識を持たずに読まれることをお勧めします」と帯にもあるので、詳しくは語るまい。
が、一つだけ言いたい。
「東京創元社はセールスが上手いな!」
と。もはやこれに尽きるのではないだろうか?
この本を手に取り、読み終わった後に脳裏に浮かんだのは中町信の「模倣の殺意」だ。これは決して中身やトリックが似ていると言っているのではない。セールスの仕方が似ているのだ。

「模倣の殺意」もおそらくかなりの部数を販売したはずである。そしてこちらもネームバリュー的にも同等かそれ以上の部数を見込めるのではないだろうか?表紙カバーも今風に洗練しつつシンプルな物になっている。

読み終わった後の感想も「模倣の殺意」と同じく「入門書」という感じだ。
本が売れない売れないと嘆かれる昨今、生き残るには小説も進化していかないといけないわけで、やはり年代を経てしまったものはトリック的に劣ってしまう可能性があるのは仕方のないことだろう。

だが、1章で大よそのストーリーとトリックに見当がついて2章でほぼ確定的となってしまうのはさすがに早すぎる。

しかしながら「湖底のまつり」にはそれを補ってあまりある華麗な筆致と描写がある。
登場人物の心情描写も随所に埋め込まれた伏線とその回収も素晴らしい。

個人的には結末も好きなタイプのものだ。思わずニヤリとしてしまった。

オススメ度

オススメ度★★★☆☆
面白さ★★★☆☆
美しい筆致と伏線の回収は見事の一言。しかしながら著者の小説には他にも「しあわせの書」「乱れからくり」があるのでこれをベストと呼ぶわけにはいかない。が、面白いことは面白い。これ系のトリックの入門書には持って来いかもしれない。
湖底のまつり (創元推理文庫)

泡坂 妻夫 東京創元社 1994-06-01
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最近は夜まで蒸し暑く、夏がすぐそこまで近づいてきているように感じる。
夏の風物詩といえば甲子園や西瓜、海水浴など様々だがやはりここは「怪談」だろう。

今日は和ホラー、つまり怪談系の話を書かせたら今の日本で右に出るものはいないだろうと思われる三津田信三氏の文庫最新刊「どこの家にも怖いものはいる」を見てみようと思う。

目次

  1. 家の中は安心か?子どもの間ではやったおまじない
  2. 「どこの家にも怖いものはいる」を読む!
  3. オススメ度

家の中は安心か?子どもの間ではやったおまじない

私が小学生の頃だったと思う。こんなおまじない?が流行った。
「家の中のどこに危険なものがいるか?幽霊がいるか?」
というものだ。

怖がりだった私は、今でもこれのやり方を覚えているぐらい怖かったのだが(家の中に誰かいるなんて信じたくない、知りたくないという気持が多分に働き今でも忘れることができない)、結局試してしまったのである。

当時私たちの小学校で流行っていたやりかたはこうだ。
①まず目をつぶり自分が家の前、つまり玄関の前にいるところを想像する。
②そのまま玄関から家の中に入り、各部屋を歩いてまわる(もちろん風呂場やトイレ、台所もだ)
③玄関から出て目を開ける。その際自分の家の中に人がいたか、いたならどこにいたか覚えておく。
④人がいた場所が霊や悪いものがいる場所である。


といったものだった。
結果は憶えていないし、憶えていても思い出したくもない。
しかしながら今日この記事を書くにあたって同じようなおまじない?があるのではないかと探してみた。すると似たものが何個か出てくるではないか。それらは窓を開けることになっているが、結果はやはり上記のものに近いものであった。上のものは自分に霊感があるかどうかのテストであったのである。

耳鳴りがしたらそばにいる、などもよく聞く話ではないだろうか?
また暗がり天井の隅隙間風呂場、そんなところに何かいる気配はしないだろうか?

こうしてみると、家の中は決して安全な場所だとは言えない気がしてならない。
だからといって「盛り塩」をするのは危険だ。これだけは言える。仮にあなたの家に「わるいもの」がいたとすると、盛り塩をすることであなたの家から出れなくなるのだから。

「どこの家にも怖いものはいる」を読む!

そんな本書「どこの家にも怖いものはいる」だが、作りは実話怪談風の構成となっている。つまりはいつもの三津田氏の手法なのだが、他の著書「のぞきめ」「忌館」などよりもグッと洗練されている気がしてならない。つまりより「境界」があいまいとなっているのだ。この「あいまいさ」というのが怖さを助長するのである。フィクションとノンフィクションの合間でこの小説は揺れ動く。我々読者はこの話が本当かどうかどうあがいても知ることができないのである。

しかしながら、本書は実際にあったことの体で進められていく。
また三津田氏は本を丸ごと使って我々読者を楽しませてくれる作家であるが、本書も例外ではない。
というのも本書の冒頭は、
『お願い
本書に掲載した五つの体験談について、執筆者ご本人またはご親族でご存じの方がおられましたら、中央公論新社の編集部までご連絡いただければ幸いです』

という文から始まるのである(本当にきたらどうするのだろうか?それはそれで話のネタが増えるのだろうが編集部は戦々恐々ではないだろうか?笑)。虚と実を混ぜ怪異を作るのが本当に巧みだ。この文を読むことで読者の頭の中に無意識のうちにでも「本当のことかもしれない」と植えつけることができれば大成功だろう。

さらに巻末の「参考文献」も見逃せない。
ファンであればもう見る癖がついているだろうが、初読の方は必ず目を通して欲しい。ますます怖く、そして境界があやふやになるに違いない。

さて中身だが、先にも述べたように本書は「五つの話」と二人の怪異の検討からなる。
その話は、
一つ目の話 「向こうから来る 母親の日記」
二つ目の話 「異次元屋敷 少年の語り」
三つ目の話 「幽霊物件 学生の体験」
四つ目の話 「光子の家を訪ねて 三女の原稿」
五つ目の話 「或る狂女のこと 老人の記録」

からなるのだが、どれも夜中に読みたくないのは共通している。
最も怖かったのは一つ目の「向こうから来る」である。これは子供部屋の話なのだがこういう空想や妄想、もしくは今現在そんな部屋に住んでいる、壁紙がそうだ、という人は私と同様これが一番キタのではないだろうか?もうそっちの方を見ながら部屋で生活できなくなる。

また「光子の家」は違った意味で怖い。
これは完全体で読んでみたいと思ったのだが(存在すればの話だが)、完全に新興宗教潜入ルポドキュである。しかもそこに謎の怪異が加わり余計怖い。というか不気味である。この五つの話は「家」にまつわる怪談なのだが、それにしても「光子の家」という名前からにじみ出る負のオーラはなんだろうかか?怪談話で「〇〇の家」というものは鉄板でもあるのだが、なぜこんなにも怖いと思ってしまうのか。人が住むことで様々なものが宿るということももちろんあるだろうが、日本人の持ち家信仰もここに加わりそうな気がする。長い間そこに住めばこそ、多くの喜怒哀楽の感情が家にも伝わるであろうからだ。なので「〇〇の家」と聞くと人の何かが籠もっていそうで、知らないうちに身構えてしまうのではないだろうか。

また三つ目「幽霊物件」は現実的な問題も含んでいる興味深い話である。
「心理的瑕疵物件」というものがある。
これは「通常一般人が嫌悪感を抱く物件」のことを言う。つまりは「事故物件・いわくつき物件」と言われているモノである。「事故死」や「自殺」、「他殺」「孤独死」はもちろんのこと、倒産、暴力団跡地、風俗跡などもこれに該当する。

これらに該当する物件は通常価格より安くなっていることが多く、また告知事項ありなどと小さく留まるにすぎないことも多々ある。通常は契約前「重要事項説明」時に告知を行う必要があるのだが、では業者はいつまでそれを説明しなければならないのだろうか?

借手や買い手からしたら「一生説明し続けろ!」と言いたいところだが、そうしてしまうと業者の負担が増えてしまう。なので通説ではこの「心理的嫌悪感というものは時間によって薄れていくもの」とされている。平成26年8.7日東京地裁判例では17年以上経過していること、また間に駐車場として利用されていた期間があることから買主の訴えを棄却している。また当然ながら売り手がその事実(瑕疵があったということ)を知り得なかった場合、つまり善意無過失であることが証明できれば損害賠償請求は棄却される。

が、20年以上経過した事例でも近隣住民には深く記憶されおり、嫌悪感は希釈されていないとする判例も存在する。なので結局のところ「告知義務の判断は個別具体的な事情を総合的に考慮して判断するという不明確な基準によるしかない」のだそうで、不動産会社は推奨10年と決めているところもあるようだ。しかしながら昨今の状況を鑑みるに、原則告知すべきという考えが広まってきておりダンマリをきめるということは少なくなってきているようだ。

では今回の「幽霊物件」だがこれは心理的瑕疵にあたるだろうか?
じつは当たらないのである。実際に「幽霊がでる!」というだけでは法律上、精神的負担にはならないとしている。なので学生に対して説明しなくても良かったことになる。もちろん、死者がでていれば別であるが。

長くなったがここで繫がってくるのが事故物件公示サイトを運営する「大島てる」だ。
この「大島てる」というサイトを怪談好きで知らない人はいないだろうが、完結に説明すると「日本各地の事故物件をサイトで公開し、いつ、どんな理由で事故物件になったかを簡潔に述べている」サイトだ。そんなサイトの運営者が六つ目の話として、本書の解説を行っている。ここを「解説」とせずに「六つ目の話」とするあたりもニクイ演出である。

ただ惜しむらくは小野不由実「残穢」と似ている感じがしてしまったことだろうか。お二方ともおそらく同じ参考資料を読んでいるに違いない。

オススメ度

オススメ度★★★★☆
面白さ★★★★☆
どこの家にも怖いものはいる。私たちが気づいていないだけかもしれない。
しかしカバーのイラストが怖すぎる!笑
どこの家にも怖いものはいる (中公文庫)

三津田 信三 中央公論新社 2017-06-22
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wedding-322034_1920 (1)
結婚とはなんだろうか?
始まりだろうか、はたまた終わりだろうか。
様々な偉人達が様々な価値観のもとで格言・箴言を残しているがあなたはどれに当てはまるだろうか?

今日は6月24日から公開中、ディーン・フジオカ氏主演の映画「結婚」の原作本を見てみようと思う。
※タイトルの箴言はワイルドのものである。




目次

  1. 作者・井上荒野ってどんな人?
  2. 「結婚」を読む
  3. オススメ度

作者・井上荒野ってどんな人?

戦時中の青年の姿を描いた「ガダルカナル戦詩集」や「虚構のクレーン」「死者の時」などを執筆し、戦後文学の旗手として活動した井上光晴。そんな人物を父にもつのが井上荒野氏だ。

1989年「わたしのヌレエフ」で女性限定の賞である第1回フェミナ賞を受賞(現在はなくなっている)するも、その後体調不良などの理由で小説を書けなくなってしまう。

が、2001年「もう切るわ」で再起。2004年には「潤一」で第11回島清恋愛文学賞2008年「切羽へ」で第139回直木賞を受賞。2011年「そこへ行くな」で中央公論文芸賞2016年「赤へ」で柴田錬三郎賞を受賞。

2001年再起してからは今まで小説を書けなかったことへの鬱憤を晴らすかのように多くの小説を書き上げている。また角田光代や江國香織と親交が深いようで良く対談しているのを見かける気がする。

「結婚」を読む

まず大前提としてこの小説は父・井上光晴が1982年にだした「結婚」という小説のオマージュ作品であるということを踏まえておきたい。それをうまく換骨奪胎し自分のものとして新たに作り上げたのが現在映画公開中の「結婚」である。

古書なのでなかなか光晴氏の「結婚」はお目にかかる機会が少ないだろうが、本書の西加奈子氏の解説によると『人間の深淵に肉薄しつつも、多分にサスペンス要素をはらんでいる』小説のようで、どうやら推理小説仕立てのところもあるようだ。だからだろう、ところどころその名残が見てとれる。

さてこの「結婚」であるが、内容は「結婚詐欺とそれを取り巻く女性の人間模様」である。
そしてその感情の機微というか、それぞれの女性の内面を良く描き分けているのが特徴だ。

またこの小説に登場する人物たちは、騙される女性たちも、詐欺師である「古海」も含めてみな淋しい人間のように感じてしまう。自分が騙されているのに気がついていないと言う人も中にはいるだろうが、この人物たちはそこまで馬鹿でない気がする。

ただ認めたくないだけなのだ。それを認めてしまえば自分が騙されたということを自分で自分に突きつけることにもなってしまう。要は自分を守るための防御機能が働いているともいえる。そして自分可愛さのために認めないだけでなく、彼女たちはまだ心のどこかで「古海」のことを愛しているし信じてもいる。その繋がりを断ち切りたくないだけなのだ。なのである女性は古海の身許を突き止めようと奔走するが、それもまた愛の一形態と言える。彼女もまた古海のことを忘れられないのだ。

こうしてみると古海は凄腕の結婚詐欺師といえる。ニュースなんかでは「なぜこんな男・女に騙されるのだろう?」と笑ってみていることが多いであろうこの話題。一概に「騙される方が悪い」と言えるだろうか? また騙された人たちは不幸であると言い切れるだろうか。
しかしこうして人の心の弱味につけこみ騙すということは卑劣であることに変りはない。

そしてまた終盤で古海自身もまた「一つの嘘」に縋っていたことが判明する。
そこで改めて「結婚とはどういうものなのか?」という問いに帰ることになる。
彼はその後どうするのか? 彼女は一体どうなったのか?
結末は本書内でも記されてはいない。様々な結末を描くことができるだろうがあなたは「どんな結末を作り上げただろうか?」

オススメ度

オススメ度★★★☆☆
面白さ★★★☆☆
やはり心の機微をうまく捉えているので、短いスパンで登場人物が変わっていくにも拘らず共感できる人物がいるのではないだろうか?
ちなみに現在書店ではカバーがディーン・フジオカさんになっている。今月の終わりまで待ち受け画像のプレゼントもあるようなのでファンの方は要チェックだ。
結婚 (角川文庫)

井上 荒野 KADOKAWA/角川書店 2016-01-23
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今月の1日から和田竜原作「忍びの国」の公開が始まった。
興行収入は30億円を越える見込みのようだ。
公開されたばかりだが、映画評価サイトのレビューは概ね好印象のようである。

では原作のほうはどうなのか?今回はこの「忍びの国」を見てみようと思う。




目次

  1. ヒット作を書き続ける男・和田竜
  2. 忍者って何者!?
  3. 「忍びの国」を読む
  4. 織田信雄に漂う悲哀~あいつは能でも舞わしとけ~
  5. オススメ度

ヒット作を書き続ける男・和田竜

当初脚本家を目指していた和田氏。2003年「忍ぶの城」で第29回城戸賞を受賞した。
そして2007年に忍ぶの城を自身の手で小説化、「のぼうの城」として出版。こちらは後に野村萬斎氏主演で映画化された。

そして2014年には「村上海賊の娘」で第35回吉川英治文学新人賞と2014年本屋大賞、第8回親鸞賞受賞した。他に「小太郎の左腕」が2009年に小学館から刊行されている。

本作「忍びの国」は2008年に新潮社から刊行されたもので、第30回吉川英治文学新人賞候補となった小説である。エンターテイメント性を豊富に詰め込んだ、従来とは違った歴史小説でいま注目を集めている作家である。

忍者って何者!?

今作「忍びの国」はタイトル通り「忍者」が主人公である。
忍者といったら「NARUTO」のような火遁・土遁などの派手なアクションや、暗がりで相手を暗殺する、そういったものを想像するだろうが実際の戦国期の「忍者」とはどんなものだったのだろうか?

主な仕事はやはり情報収集や監視、連絡、破壊工作などだったようである。
また伊賀忍が傭兵色が強く金銭で動く集団だったのに対し、侍がルーツだとも言われる甲賀忍は忠誠心に厚く、合議制などを導入し多数決で決定していたようだ。

忍びに共通していることは身体能力に優れ、厳しい規律に縛られた諜報集団ということだろう。また近年では動植物学や化学の知識を持つ技術者集団としての一面もあったと言われている。

伊賀・甲賀の他にも武田氏の透破、北条氏の風魔、伊達氏の黒脛巾組などが有名だろうか。
実在した忍者では百地三太夫のモデルとなった「百地丹波」「藤林長門守」、謙信や信玄がその能力を恐れた「鳶加藤」などがいる。また松永久秀が苦手とする人物の一人「果心居士」も実在したかは不明だが良く語られる人物の一人だろう。

ちなみに「服部半蔵」は服部半蔵家の当主の通称。
一番有名なのは「鬼半蔵」こと「服部正成」。「槍半蔵」渡辺守綱と共に怖れられた。また正成は武士であって忍びではない。伊賀衆を率いたことは事実かつ出身も伊賀ではあるがゲームや小説のように彼自身が暗殺や忍び働きをしていたわけではない。

「忍びの国」を読む

舞台は「天正伊賀の乱」である。
第二次まであるのだが、「忍びの国」では第一次伊賀の乱で終わっている。

この小説は一応「時代小説」であるのだが、エンターテイメント寄りの時代小説である。これを知った上で読めば非常に面白く読めるが、バリバリの時代小説として期待して読むととんだ肩透かしを食らうので注意が必要だ。だが、時代考証や設定はしっかりしているし、随所で出てくる作者も気にはならない。

ではどこが評価を分けるのか。これは忍者に何を求めるのか?ということになってくる。
上で述べたような地味な活動をする、実在しそうな忍者はこの小説には登場しないのだ。出てくるのはどちらかといえば「NARUTO」や「ドラゴンボール」よりの人物たちである。
主人公の無門さんは消えるのである。速すぎて。
このシーンを読んで思い出されるのは天下一武道会での対天津飯戦だ。あんなノリや、
「見えん!この神の目にも!」
的なノリが好きであればきっとこの小説は面白い筈だ。また最終的には私の中で無門さんはるろ剣の「外印」になってしまった。安土城から去る無門さんは去り際に「幾何八方囲陣」のようなものを施して去って行く。

ネタはさておき、この小説は登場人物の心理が良く描かれているなあと思うのだ。
特に信雄の信長に対するコンプレックス。信雄を安易に無能なムカつくクソ野郎に書かなかったのは好感が持てる。また、北畠具教の一の太刀くだりなどはニヤッとしてしまう人も多いのではないだろうか?

時代小説ファンも普段時代小説を読まない人も等しく楽しめる小説であろうと思われる。
またアクションシーンが多いので映画ばえしそうな内容だ。

織田信雄に漂う悲哀~あいつは能でも舞わしとけ~

織田信長の次男として生まれたとされる織田信雄。
彼の逸話で最も有名なのが「信長からの怒りの手紙」であろう。
その中身はを簡単にまとめると、
「なに勝手に伊賀攻めてしかも負けてるの?
こっちに兵を出すのは伊勢の武士や百姓の負担になるから遠征を免れるために伊賀を攻めたのか?いやいやお前馬鹿だしそこまで考えてないだろどうせ。
上方への出兵は俺への孝行や兄貴を思いやる心、そして自分の功績をアピールできる場だったじゃん。
しかも柘植まで殺しやがって。お前の態度次第じゃ親子の縁切るからな?」

という強烈なものでしかも右筆に頼らず信長直筆である。
この逸話から信雄=無能というイメージが定着してしまっている。

また安土城が炎上して焼失したのは信雄のせい、信雄が火をつけたという噂まで流れたほどである。ルイス・フロイスがキリシタンでない人物に対してはサゲる記事を書いていたのを加味しても「信雄は馬鹿だからやったのだ」というこの発言は当時の共通認識だったと思われる。

だが芸達者だった信雄。特に能の名手だったと言われている。
しかしながら近衛信尹卿は信雄の舞を見て感嘆しているのに対し、秀吉は「舞うのが上手い奴にろくな奴はおらん!」と発言していたりする。ちなみに清正や三成も同意見だったようだ。

しかしながら江戸時代に大名として存続したのは信雄の系統だけであったり、継室との間に生まれた織田信良の系統は皇室へと繫がっている。これは戦が下手で周りからも期待されていなかった信雄だからこそできたことなのかもしれない。

また内大臣まで昇った公家でもある。名前の読みは「のぶかつ」「のぶを」どちらでも正しい。

オススメ度

オススメ度★★★☆☆
面白さ★★★★☆
あくまで時代「エンターテイメント」小説である。しかし膨大な量の参考資料に基づいて書かれた本書は私たちを束の間戦国時代へと誘う。忍者に憧れた男子は特におすすめの一冊だ。
忍びの国 (新潮文庫)

和田 竜 新潮社 2011-02-26
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6月30日には小出にて「しねり弁天たたき地蔵祭り」なるものに参加してきたのだが、一方その頃市内では「蒲原祭り」が開催されていた!

期間は30日~7月2日までだという。さらに1日の夜19時からは「御神餞」なるものも行われるようだ。せっかくなので潜入してみた。





目次

  1. 〇〇の数が日本一!?ここがすごいよ「蒲原祭り」
  2. 御神餞(おたくせん)開始!
  3. 祭りといったら屋台!今年の流行を探る!

〇〇の数が日本一!?ここがすごいよ「蒲原祭り」

村上市の村上大祭、柏崎市の柏崎えんま市とならぶ新潟三大高市の一つが「蒲原祭り」である。高市とは縁日のことであるが、縁日は社寺とのつながりから発生するものだ。

知っている人は少ないだろうが、実は新潟は神社の数が日本一なのである!
地味に広い県面積と佐渡ヶ島、そしてなんだかんだ明治期には賑わっていたこともあって神社の数が多いのだ。
そして豊かな自然を背景として様々な信仰が生まれたことも関係しているであろう。新潟にユニークな祭り(つぶろさししねり弁天参照)が多いのも頷けるのである。

さて今回の「蒲原祭り」。売りは何と言ってもその長さと出店の数だ。
横に約1km、枝道を入れれば2kmぐらいになろうかと思われる道の両側には出店がびっしりと出現する。その数およそ450店以上!

お好み焼きからタコ焼き焼きそば、射的、かたぬき、金魚すくいまで。何でもあるといっても過言ではないだろう。

しかしながら人が多い!私が行った1日は珍しく夜だけ晴れたこともあって(何故か毎年雨が降る)メチャ混みである。通勤ラッシュの電車の中をかき分けて進むような感覚である。初めて田舎から都会に出てスクランブル交差点を体験し、気づいたら自分が行きたい方向ではない場所に立っていた、あんな感覚だ。

自分の行きたい・買いたい店まで行くのも一苦労である。

御神餞(おたくせん)開始!

人の波をかき分けてなんとか境内に辿りつくと、まだ時間があるにも拘らずカメラ部隊がスタンバイしているではないか!なんとか見えそうな位置を探り探りしているうちに「御神餞」が開始!
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この「御神餞」は830年の伝統を持つ行事その年の稲作の豊凶を占う神事だ。
鎌倉時代、畠山六郎という武士が託宣を得て五穀の豊凶を占ったことが始まりだと言う。

ちなみにこの蒲原神社の主祭神は椎根津彦命である。また一時廃社寸前だったこの神社を再建したのは信長と結び、上杉景勝を裏切った「新発田重家」である。重家は自らも戦勝祈願を奉納し、社殿を建築、さらに種々の寄進などをしたことで蒲原神社は甦った。
ドラマやなんかでは義だのなんだのと美化されることが多く、戦も巧い!と宣伝されがちな兼続と景勝だが実は結構畜生で戦もさほど巧いというわけではなかったりする。重家が裏切るのも当然である。ちなみに上杉家はこの重家の反乱を鎮圧するのに7年かかっている。途中本能寺があるがそれにしても鎮圧に時間かかりすぎである。

さて肝心の「御神餞」なにやら祝詞?のようなものを読んでいるようだがまったく聞こえない。一応マイクがあるのだが、聞こえない原因はこれ
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そうだね!お化け屋敷だね!
お化け屋敷の宣伝文句「よってらっしゃいみてらっしゃい」と神主さんの「かしこみかしこみ」が被さって何がなんだかわからん!そこに「うぇへへへへ」というお化けの声と「キャー」という悲鳴が混ざり声のるつぼ状態である。

そして祝詞がすむと、何やら小さいもの、おそらく籤を懸命に振り始める神主さん。DSC_0251


籤の結果がこちら!「七分の作 水あり」
去年は「七、八分の作 風あり」だったよう。雨がふるけれどもそれなりという感じのようだ 。「難なし」ということもあるようだが、今年は水に注意が必要な模様。ちなみに上越の一部で雨による避難勧告が出たようである。

祭りといったら屋台!今年の流行を探る!

そして屋台と言ったらやはり食べものですよね!
屋台にもその年の流行があるようなのでやたら多い屋台と珍しいもの、新潟名物を探して買ってみることに。
①今年の流行「電球ソーダ」
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去年は「レモネード」だったか「レモンスカッシュ」を袋に入れて飲むようなタイでよく見る感じのものが流行っていた気がする。今年はしかし「電球ソーダ」一色
容器の底にとりつけてある電飾と上のライトが容器を照らし、暗闇の中で様々な色にピカピカ光る。確かに祭り映えする飲み物のようだ。
しかし祭りなので味は御察し。驚異的なのはその電飾の持続時間である。1の夜に買ったのだが、3日の夜になっても私の横で空しく光りつづけている。今後アボカド君の水耕栽培の鉢になる予定。

②新潟名物「ぽっぽ焼き」
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15本で500円。この「ぽっぽ」の由来は諸説あるようだが確定していないようである。
味は「黒糖蒸しパン」に近い気がするが、それよりももっとしっかりとしていてモチモチした食感だ。
飽きが来ない素朴な味で新潟県民にはお馴染みのもの。この通常バージョンにあんこや生クリームを添えたネオぽっぽ焼きのようなものも近頃売られているようだ。廃れるよりは進化していった方が良いだろう。ちなみに中央入口のぽっぽ焼き屋が毎年行列だが、もし並ぶのであればちょっとしたアトラクション並みの待ち時間が必要となる。

③こんなものまで売っている!「タイラーメン」
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トムヤムクンベースのスープにおそらくセンレックという米粉の麺を入れて鶏そぼろ、桜えび、もやし、海老団子?を入れたもの。ここにトッピングとして唐辛子・砂糖・ピーナッツが加わる。
まさかこんなものが縁日で食べられるとは!こちらも一杯500円。ほどよい酸味と辛味が特徴のトムヤムクンはいつ食べても美味い。この緑のものは葱とパクチーっぽい何かだと思われる。

④これは美味い!「焼き小龍包」
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縁日でなぜに小龍包を売ろうと思ったのか。とりあえず初めて見たので購入。
肝心な汁が出ない!と書こうと思ったがしっかりスープが出てきたので満足。味はポン酢と塩だれが選べたが取りあえずポン酢で頂いた。縁日で購入できる、という点がポイントである。冷凍っぽいなんて言っちゃダメだぞ!

そんなわけで無事「蒲原祭り」も満喫できた。毎年この期間だそうなので新潟に来る機会があれば寄って見てはいかがだろうか?

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新潟駅付近には様々な美味い店がある。
今回は祭りに過程で食べた店と駅弁を紹介!

目次

  1. ラーメン王国新潟屈指の人気店!「ちゃーしゅーや武蔵」
  2. 新潟限定!「鮭はらこ弁当」

ラーメン王国新潟屈指の人気店!「ちゃーしゅーや武蔵」

新潟がラーメン王国だ、と言うと「フッ」と鼻で笑われることが多いのですが本当です!本当なんです!
背脂ちゃっちゃ系は燕三条、秋葉原にも出店している「青島食堂」も新潟です。煮干し系はもちろんのことダブルや正当派醤油ラーメン、味噌、豚骨、なんでも食べられます。
数年前には「東京で賞を取ったラーメン店が新潟に殴り込み!」と大きな看板・宣伝で出店した店もありましたが、半年後には携帯ショップになっていました。

数多くのラーメン店がひしめき合っている新潟では、新規オープンの店がそのまま継続していくことは非常に難しい。東京や大阪などの大都市で流行っていたとしても新潟ではもうブームが去っている、ということがままある。そして新規オープンの店は既存店から顧客を引き離すために日々新メニューを開発しているのである。

そんな新潟で安定した人気を誇るのが「ちゃーしゅーや武蔵」だ。県内はもちろんのこと、北陸でも新規オープンしていうようだ。メニューは様々だが食べるべきは「からし味噌らーめん」もしくは「からし味噌ちゃーしゅうめん」の二択だろう。
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今回頼んだのはこちら「からし味噌ちゃーしゅうめん」だ。ちなみにここは笹口店なのだが、私はこの店がある通りを勝手に「ラーメンストリート」と呼んでいる。土地が狭く、固まって出店するしかない都会なら分かるが、ここは新潟である。しかしこのラーメンストリートには半径100m内に5店のラーメン店がある。昔からあるのはこの「武蔵」ともう一つのラーメン屋だけで、あとの3店はかなり早いスパンで違う店になったり、店をたたんだりと生き残りが難しい地区だ。

さてこの「からし味噌ちゃーしゅうめん」だが、煮干しと鶏がらのダブルスープで鶏脂を使用とのこと。ここに味噌とおそらくニンニクが加わり重厚な味を作り上げている。この濃い目のスープに太めの多加水麺が絡まり抜群に美味い。こってりはしているのだが、どこか白みそで作った味噌汁に似ているところがあり、ホッとした気持にさせてくれる。「迷ったら武蔵」に行く人が多いのも納得である。

トッピングだが、トロトロになるまで煮込んだ厚めのちゃーしゅーと、もやし、なると、そしてしなちくだけで、気を衒うようなものは一切ない。また青のりが良いアクセントとなってまた美味い。

そして「からし味噌」これにつきる。
これを溶かすとまた味が変化し、違ったスープを楽しめる。実はずっとこのラーメンを再現しようと通っているのだが、このからし味噌だけは不明なのだ。説明には10数種類のスパイスと味噌を混ぜ合わせた~とあるのだが分からない!しかしどっかで近い味のものを食べたことがあると思うのだが思い出せない。豆板醤+一味+ニンニクチューブが今のところ一番近いがどうなっているのか気になる。

ボリューム満点かつ、美味い、そして辛目やニンニクのきいたラーメンが食べたい方はぜひ一度食べてみて欲しい。

新潟限定!「鮭はらこ弁当」

お次はJR新潟駅構内の「駅弁屋」で販売されているこちら
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新潟って酒は分かるけど、鮭って有名なのか?と疑問に思った方もいるに違いない。
新潟の村上市といえば鮭、鮭と言えば村上なのである。未だ自宅で鮭を加工している人もいるぐらい鮭は人気なのである。そんな鮭と一緒にはらこも一緒に食べれるなんてなんてゼイタク!
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金糸卵と甘めに煮た椎茸、そしてイクラ、鮭。間違いなく美味い!
米はコシヒカリを使用というところも贅沢感を増している。

思っていた通り、この四種は相性が良い。甘めの椎茸とプチプチした食感が楽しいイクラの醤油漬け。そこにホロホロの鮭の身が合わさり抜群の美味しさだ。また卵の違った甘さも加わりいうことなし。

ちなみに横に見えているのは「山海漬」という新潟の郷土料理だ。
かずこのと刻んだ野菜を酒粕でつける美味いやつである。わさびのツンした辛さがアクセントとなりこちらも美味い。

新潟に来た際はぜひ食べてみてはいかがだろうか?
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お祭り紀行第二回
二回目は6月30日に開催された新潟・小出の「しねり弁天たたき地蔵祭り」を見学してきた。
生憎の雨ではあったが凄い熱気で祭りは大盛り上がり!その様子をお伝えします!




目次

  1. 電車に揺られていざ小出!
  2. 金精様渡御!
  3. 見た目に反してメチャ美味い!「アイス『御神棒』」

電車に揺られていざ小出!

JR新潟駅から信越本線で長岡。そして上越線に乗り換え電車に揺られ続けること約2時間!
ついに小出に到着!
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山と川に囲まれ緑豊かな地域だ。電車からは田園風景も見えこれぞ新潟!という感じがする。
しかし当日は生憎の雨!新潟も梅雨入りしたこともあり天気がしばらく悪そうだ。

小出駅で下車し、太鼓の音がする方へ歩くこと約10分。ようやく祭り会場へと到着だ。
今回見に来た祭りは「しねり弁天たたき地蔵」
道には露店や地酒の試飲、越後もち豚の焼き串など様々な店が出ている。

名前から想像できないこの祭りはどんなものなのかと言うと、「男性が女性をつねり、女性が男性を叩く」というものだ。会場付近にはこんな看板も↓
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弁天堂前には祭りの由来もありなぜこんな祭りが起ったのか?という疑問を解消してくれる。
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曰く、この祭りの発祥は上野・不忍池の弁天様の祭にあるという。そこでは正月の初巳のに女性の尻をつねるという風習があったそうだ。それを小出に持ち帰り広めたのではないかと言われている。
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こちらの弁天堂は280年ほど前のものらしく、昔から五穀豊穣・縁結び・子育て・不老長寿・商売繁盛の神様として信仰を集めているという。
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こちらは地蔵堂
元は火伏地蔵だと言う。それがなぜ「たたき地蔵」という風習ができたか?
それは過去日本各地で行われていた「嫁たたき」という風俗が関係している。
正月1月15日にはあずき粥を食べ、かゆ杖というものを作った。このかゆ杖で新しく家に入った嫁を叩くと男の子を授かる・安産になると言われ、全国的に行われていたそうだ。ようするに「子宝祈願」が「叩き地蔵」になったというのである。

しかしいま一度ここで祭りの名前を思い出して欲しい。
この祭りは「しねり弁天たたき地蔵」で「男性が女性をつねり女性が男性を叩く」のである。
上の説明と比較してどうだろうか?
そう。男性と女性が逆転しているのである。叩かれるのは女性であるはずなのに、現在では男性が叩かれることになっている。
それは何故か?その前にこちらを見て欲しい。
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顔にメイクをした青年会の人たちが音頭に合わせて踊っているのだ。
新潟には「新潟甚句」や「佐渡おけさ」といった踊りがあるが、この「しねり弁天たたき地蔵踊り」は振りこそ「新潟甚句」に近いのだが、腰を落とし足をクロスさせ「スーイッ、スーイッ」というように踊っている。この独特の踊りを見るだけに来ても面白いだろう。

さて話を戻そう。真ん中で音頭をとり、円形になって踊るというのは「盆踊り」だろう。
今ではテレビなどでも不思議な風習として取り上げられることも多くなったので聞いたことがある方も多いと思われるが、盆踊りの夜というのは性的乱行の場でもあった。菅笠などで顔を隠すように踊るのもこのため、つまり相手が誰だかお互い知らないように、知っても公言しないようにというためだろう。

この「顔にメイク」というのもおそらく起源はそこに違いない。
そしてこの祭りの五箇条に立ち返って考えてみると、
男性が女性をつねる=気に入った女性に自分の気持ちを伝える行為
女性が男性をたたく=その行為を了承するという合図

だったのではないだろうか?そして時代を下るにつれ踊りとこの奇妙な行為だけ残っていったのではないだろうか?

金精様渡御!

さて祭りはついにメインイベントである「金精様渡御」へと移る。
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どうだろうか!?この雨で濡れそぼり、黒光りする金精様の様子は!?威厳に満ち溢れているではないか!
しかもなんということだろう。今まで雨が降っていたのにやんだではないか!
さすが神様である。
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そしてこの金精様は若衆たちに引っぱられ町中を練り歩く。そして「たたけ!つねれ!」と掛け声で盛り上げるのだが、ここで私は周りを見渡して気づくのである。

夫婦やカップルばっかりやんけ!

そう。完全男一人で来ていた私は完全アウェー!高校生や中学生がキャッキャしているのを淋しげに眺めるばかりである。

さらに先ほどまで踊っていた人が見物客の女性と交渉。女性を金精様の上にのせたではないか!
しかも上下左右に激しく揺さぶっている!ちびっ子も乗って笑っている!なんということ!

そんなわけで、おそらく男性は駄目だが女性は飛び入りで金精様の上にのせてもらえます。豊穣や生産に結びつく性器信仰から始まった金精様に乗ることで子宝・安産・縁結びに御利益があります。こうみてみると現在では子孫繁栄・縁結びの祭となって続いているようだ。

ちなみに19時40分からは新婚カップルが金精様にのって地蔵堂から弁天堂へと向かい、「しめ縄」を金精様がくぐります。終電の関係でこちらは見れませんでした!残念。

見た目に反してメチャ美味い!「アイス『御神棒』」

こんな祭りなのでこんなものも当日限定で販売されていた。
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その名も「アイス・御神棒」
限定630本で一本350円である。カスタード味で中にはカスタードアイスが詰まっている。
何かに似ている気がするが気にせずかぶりつくと、これが美味い。
キワモノかと思いきやメチャクチャ美味いのである。硬めのパイ生地でザクザクとした食感と、カスタードアイスが混じり合い何とも言えぬハーモニーを生んでいる。
このまわりのパイ生地が厚めなため溶けづらいという利点もあり、近場ならばその場で食べなくても家に持ち帰れそうである。

こんな美味いものが祭りの日だけしか売ってないなんてことあるはずない!と思って調べたらありました。「魚沼コルネ」というそうです。こちらは普通の形をした通常のお菓子となっております。

こんなものを楽しめるのも祭りの醍醐味だなあと感じたのであった。
番外編・新潟近郊グルメへと続く

大人の探検 奇祭

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